Lesson893
読者の声 ―自分をやすませる
自分をやすませる、
見落としがちで、大事だ。
何をするにも、
ある程度の気持ちの落ち着き+体力はいる。
それがないまま問題解決とか、傷を直すとか
奔走しても視野は狭まりがち。
時には休むのが最大の仕事。
「その疲れた頭と心で、ことにあたれるか?」
休んだあとの世界は思ってたより広い。
そんな前回のコラムに読者は何を感じたのか?
今週は読者のおたよりを紹介する回です。
<「自分をやすませる」を読んで>
よれよれになって来られる患者さん方が多いのですが、
そういう方に必ず伝えるのが、
「ちゃんと休んで下さいね」
「悪くなる前に来て下さいね」
の二つです。
私の仕事=治療は、患者さんとの共同作業ですが、
休むのは代わってあげられません。
治すお手伝いは出来ても、
休むのは本人にしか出来ません。
休めない多くの人は、
休んで止まってしまうことを恐れていたり、
どのタイミングで休めばいいのかが
分からないように思えます。
それは、今やっていることに
必死でしがみつかざるをえない事情があるのでしょう。
しかし、必死でしがみつくほど
周りが見えなくなり、
自分自身が今どんな状態なのかを
気遣う余裕もなくなります。
だから、患者さんが悪くなる前に声がけして、
いったん立ち止まってもらい、
今の自分の具合を確かめてもらう。
すると、休むという選択肢が出てきます。
休むというのは、
「今の自分からほどよい距離を作ること」でもあります。
(たまふろ)
ズーニーです。
2日間徹夜をしてしまい、体調を崩してしまったときに、
医務室の先生に、
「5分でも、10分でもいい、横になってください。」
と言われた。
昼休みのたった10分、
出講先の医務室のベットに横にならせてもらった。
女の先生で、ふわっと、かけてくださったおふとんが
とても心地よかった。
たったそれだけのことで、視野が変わった。
忙しく、責任の重い、休めないとき、体調を崩した。
いつもなら、ぶっとうしで働き、
不安と恐怖が押し寄せていただろう。
でも、たった10分よこになる。
ほっ、と息が抜けて、
ほんの1ミリ気持ちが和らぎ、
その1ミリが、次に、
小さな「だいじょうぶ」という気持ちを
自分の中から引出し、
その大丈夫、が小さな心の余裕を生んで、
その日はずいぶんうまくいった。
いつもならぶっとうしで働くところを、
「ほんの10分、横になる。」
いつもなら飲まず食わずになってしまうところ、
「インスタントでいいから味噌汁を飲む。」
たとえばそんな、
小さな小さな「自分をやすませる」を、
ちょこちょこ、ちょこちょこ、取り入れるところからも、
「いまの自分との程よい距離」
は生んでいけると私は思う。
<解釈を変えて、頭と心を休ませたところ>
以前の職場に意地悪をする
「お局様」(男子ですが)がいて、
強い発言権を持っていました。
私がいくら仕事で頑張って
職場の誰に対しても良好な関係を築いても、
その人は、私についての悪い評判を流して
皆が私に関わらないようにしてしまうのです。
あまりに執拗なので、ほとほと疲れてしまいました。
その人は、お昼休ごはんを、隣のビルの打合せ室で、
若い社員を集めて食べていたのですが、
そんな事情だから、私は、
「そこで私の悪口を言ってる」と思っていました。
しかし、ある時、気づいて、
「解釈を変えてみたら?」
と思い立ちました。
「その人は、お昼休みに、
上のお偉いさんに聞かれたらマズイことを話している」と。
この考え方なら、私も傷つかずに済みます。
「事実はどうでもよくて、筋が通ればいい」
と思えました。
ある日、それを本人に確かめてみました。
そうしたら案の定、
「いや、普通に話してるだけですよ。
隣に行くのは気分転換ですよ」
と答えが返ってきたのですが、
それからは意地悪がなくなったのです。
前回のコラムの、
「何をするにも、
ある程度の気持ちの落ち着きと、体力はいる。
それがないまま問題解決とか奔走しても視野は狭まりがち
傷ついてる人・時には休むのが最大の仕事だったりする。
やすんだあとに見る世界は、思ってたよりもずいぶん広い」
本当にそうですね。
(まつゆ)
ズーニーです。
少しだけ、頭と心をやすまるために、
わかっていてやる、ポジティブな「想像」、
いいと思います!
考えてもしょうがないこと、
状況的に、ほっておくと、どんどんどんどん悪い方へ
考えてしまって、関係が悪化し、
相手がどんどんモンスターになっていくようなとき、
「想像」とわりきって、良い状況を思い描いてみる。
想像でも、空想でも、創造でもいい。
「ほんの少し休むための想像。」
少し、心が休まったり、
疲れた頭がしばし、憩を得たりする。
すると、心と頭の体力が回復する。
現実に戻ってみると、
そむけがちだった問題も、
まっすぐ向き合えるようになったり、
直接、相手に確かめることができたり、
そんな心の余裕さえ生まれる。
カラダも、頭も、心も、ちょこっとだけ休ませる
オリジナルの工夫。
そんな工夫をちょこちょこ取り入れながら、
進んでいきたい、と私は思う。
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