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質問:
保坂さんは、
事実の連鎖を小説に書きたいのですか。 |
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ぼくが小説で書きたいのはそういう、
御巣鷹山の話をした時に
「自分がいろんなことを
言葉で出したりする以前の何か」が
出てきたり
出てきていなかったりするような
「意味づけ」以前の状態を
再現したいということなんです。 |
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ひとつずつの動作を
「意味づけ」するのは心理学のすることで、
その「意味づけ」は、
現実の豊かさの一面を取るだけだから
ほんとに狭い言葉を使うわけだし、
行動や言葉尻を捉えて、
どこかにある心理学的な正解と
照らしあわせて「それは嫌悪感です」とか
意味にしているだけだから
賢くはないんだとぼくは思うんです。 |
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意味づけをやることはたやすいんです。
でも、ほんとはその人がどんな行動をして
どんな発言をしたかを
まるまるすべて覚えておくことの方が
たいへんなわけで。 |
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ただもちろん心理学者ならではの
独特の観察の技術はあるわけだから、
心理学の門外漢が
見ているだけでは気づかない
「頻繁に足を組みかえていた」
「腕組みをよくしていた」
「髪の毛を触っていた」
というようなことを細かく見ているわけで、
心理学というひとつのフィルターを通して
現実を虚構化する方法は持っているんです。 |
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つまり心理学者は
ぼんやり見てる人よりは
よく見えるわけだけど、
それ以上には見えないんだよね。
だから小説というのは、
心理学なら心理学のフィルターとか、
動物行動学なら
動物行動学のフィルターとか、そういう
「なんとか学」のフィルターなしの状態で
現実を見ようとするから、
いちばん茫洋としたものになるんでしょうね。 |
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だから、
小説は、わからない人には
わかりにくいものにもなるわけです。
現実の出来事をかならず誰かに
コメントしてもらわなければわからない人には、
小説もわからないということですよね。 |
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月曜日に続きます。 |
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