怪・その20
「見知らぬ本」
友人の話です。
その子と私は「本の匂いを嗅ぐ」という
ちょっと変な共通の癖を持っています。
紙に染み込んだいろんなインクの匂いが
なんだか心地よいのです。
その日も、友人はページを開いた本に顔を寄せて
インクの匂いを吸い込みました。
その本は、どうやら昭和の頃に刷られたものらしく、
すこしすえた匂いがしたそうです。
それだけならまだいいのですが、
なんだか生臭いような鉄のような匂いも微かに感じ、
「おかしいな」と本から顔を上げた瞬間、
両目から血を流した男のひとの顔が
彼女の眼前に迫っていました。
「たのしいか? たのしいのか?」
というしわがれた男のひとの声が
いまでも耳にこびりついてはなれないと言います。
そのひとが消えるまでの数秒とも数分ともいえない時間、
彼女は生きた心地がしなかったそうです。
そのすぐあとに、彼女はその本を古新聞などと一緒に
廃棄処分しました。
ただ、不思議なのが、
その本がいったい誰のものだったのか
今でもわからないということなのです。
家族に聞いても誰も知らないと首をかしげていたそうです。
(タロウ)
2005-08-19-FRI
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