おさるアイコン ほぼ日の怪談2006

怪・その1
「知らない峠道で」

20年前、やんちゃ盛りだった頃の話です。
当時の彼はクルマが大好きで、目的地を定めず、
その時の気分で適当な方向にクルマを走らせる
深夜ドライブに、よく一緒に行っていました。

その日は25時頃に箱根に着いたのですが、
そこからまた適当に走っているうちに、
知らない峠道に迷い込んでしまいました。
灯ひとつない道は、細くて急でヘアピンカーブの連続。
そのうち、濃い霧がでてきて、
あっという間に周囲は白い闇。
かなり不安な気分になっていた私は、
来た道を戻ろう、と何度も彼に言ったのですが、
なかなかクルマを切り返して戻れるような場所がない。
仕方なく進み続けているうちに、

霧がひとかたまり、
フロントガラスを突き抜けて、
ふっと車内に入ってきたのです。

その途端、車内の気温が
5度くらい下がった気がしました。

運転席の彼のこわばった表情を見て、
私の目の錯覚ではないことを確信しました。
これ以上進んじゃいけない!
必死でクルマの向きを変え、来た道を戻り始めて間もなく、
彼が掠れた声で呟きました。

「なあ、あんなもの、さっき、なかったよな…」

コップのような器に挿した、白い花。
そう、よく、死亡事故のあった道路の脇に、
そっと供えられているような花。
それが、道の前方、両側に、3mか5mくらいの間隔で、
点々と、延々と、整然と、
どこまでも遠くまで並んでいるのです。

ヘッドライトに照らされて、ぼーっと光る無数の花。
もう、声も出ませんでした。

そこから真っ当な道に戻るまでのことは、
よく覚えていません。
自動販売機の灯りを見つけ、缶コーヒーを飲んだとき、
緊張が解けて、二人ともどーっと涙が出てきました。

その時になってようやく、
視界が数mしかなかったあの濃霧の中で、
そんなものが見えること自体が変だということに
気が付いたのですが、
彼も私ももう、そのことを口に出しませんでした。

(mariko)


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2006-08-03-THU