怪・その9
「聞いていた犬」
蒸し暑い夏の夕暮れ、
私と母は犬を連れて散歩に出かけました。
いつもは行かないような、
閑静な高級住宅街まで足を伸ばすと
よぼよぼのビーグル犬が
道わきに一匹で居るのを見付けました。
「どうしたんだろうね。」
私達は不思議に思いながらも
その犬を少し構って、その場を離れました。
しかし、どんなに歩いてもビーグルが付いてきました。
歩道橋をわたっても商店街を通っても離れず、
さすがに困って追い払おうとしましたが、
遠巻きに私達の後を追ってきます。
とうとう家の前まで来て、
気味が悪くなった私は母と相談して犬を車に乗せ、
見付けたところに返すことにしました。
ビーグルはもう相当なお年寄りらしく、
毛並みは乱れ、息は苦しそうでした。
「もしかしたら捨てられたのかも‥‥」
「でも返すだけだし‥‥しかたないじゃん」
そういった会話をかわしながら、
自分の犬を捨てるような罪悪感を感じ、
車の中は重苦しい気分で一杯でした。
犬を置いて家に帰りました。
家の中へ入ると、
「留守電入ってる」母が留守電に気付き、
メッセージの再生ボタンを押しました。
「メッセージは一件です」
機械の音声のあとに続いて聞こえたのは
私達の車内での会話でした。
「捨て犬じゃない?」
「だってどうするの‥‥?」
ぞっとし、あまりの恐怖に叫びました。
車内では助手席に携帯が置いてあり、
その上に犬がいました。
たまたまリダイヤルに家の電話番号が入っていて、
それを偶然犬が押してしまったのだと
自分たちに言い聞かせました。
しかし、7年たった今、ふと疑問に思いました。
果たしてその頃の携帯電話は、
車内の会話を拾えるほど性能が良かっただろうか。
本当のところは、わからないままです。
(О)
2007-08-08-WED