怪・その35
「届く声」
ある年の秋でした。
入院中の祖母の着替えなどを揃えるため、
母が祖母の家に行ったときのことです。
普段は同居している兄夫婦や
その家族が家にいるのですが、
その日は誰もおらず、
母は合鍵で家に入りました。
その家は
玄関を入ってすぐ左手に座敷があり、
その奥に仏壇がありました。
必要なものを揃えて
家を出ようとしたとき、
母はふと
すでに亡くなっていた祖父を思い出して、
「おじいちゃん、
おばあちゃんをまだ
連れていかんでよ(連れていかないでね)」
と、座敷に向かって声をかけました。
すると、座敷の方から
「おおい」と声がしたそうです。
母が祖母の家から自宅に戻ってきて、
青ざめた顔で、私に言いました。
「座敷に向かって
“おじいちゃん、おばあちゃんをまだ
連れていかんでよ”って言ったら、
“おおい”って、
おじいちゃんの声がした」
と言いました。
そのとき、私にも
その声が聞こえたような気がしました。
というのも、祖父はよく
“聞こえてるぞ”という返事の代わりに
「おおい」と言ったのでした。
私は今でも
そのときどこかから聞こえてきた声を、
覚えています。
この世より少し遠いところから、
そっと届いたような声でした。
(あずき)
2010-08-30-MON