364.住むこと。
「ほぼ日」の引っ越しをきっかけに、
ガンジーさんは「引っ越し」や「住む」について考えた。
こういうことのなかに、
時代の移り変わりが、顔をだしているんだよねぇ。
なんでも貪欲に「the親戚新聞」のネタにしちゃう
ガンジーさんです。
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かたつむり、よりヤドカリ
夏バテと夏休みのボケ回復のために
諸君にかわってお勉強したことを
ひけらかし教えちゃうぞ。
気を引き締めて読むべし。
エヘン!「住めば都」という言葉の他に
「住まば都」という諺もあるのを知ってるかい?
前者はよく聞くことで
どんなに辺ぴな場所でも住めば愛着がわく、というもの。
後者はどうせ住むなら都がいい、との意味だそうだ。
都会はなんてったって便利だもんねぇ。
情報も集まるし
どこへ行くにも足代が安く時間も多くつかえる。
どちらも文語表現だが、住む、の未然形、住ま、に
接続助詞、ば、がつくと仮定条件
住むならば、の意となり、
未然形、住め、に接続助詞、ば、がつくと確定条件、
住んでしまうと、の意となる。
ほぼ日がお引越しをしたとのハガキをもらい、
住むこと、を考えてみた。
何でも料理しちゃおうというガンジーのこの意欲、
恐れ入ったかっ!
でもね、本音は書くことのネタさがしをしてるんだよーん。
草の根わけて捜査員のようにさ。
農耕民族のせいかわれわれはあまり動きたがらない。
出世して収入が増えても
その土地に住みつづける事が多かった。
これまではね。
隣りの土地は無理をしてでも買えといわれたもんだ。
住み続けて勝手がわかり
隣近所とも和気あいあいの暮らしは
日本人にはあってる。
それも農家が減り小規模企業ももすくなくなり
若者は都会へとながれだし、
大会社人間がふえ引越しがさかんになると、
よそもの、と排他的だった都市周辺のネイテブな人たちも
いやおうなしに共生せざるをえなくなった。
引越し貧乏と悪口をいわれたムカシは去り
今や、捨てることが人生だ、と
考える人が多くなったと思うね。
ついでに離婚しちゃったりして。
ところで引越しそばというのはほんとう
は近所にご挨拶のため配るそばのことで、
おそばに参りました、の意味らしいぜ(広辞苑)。
ムカシの奥ゆかしい女性はバレンタインデーがなかったから
チョコレートのかわりに、おそばを届け
愛の告白をしたのかな?
ほぼ日の乗組員たちは自分たちで食っちまったんだろう。
三合庵も近くなったことだしね。
引越しは心機一転、やるぞ!という気にさせてくれる。
でもここで大事なことは
住まいの場合、これはあとで整理しょう、と
あとまわしにしないこと。
さもないと2、3年はおろか次ぎの引越しまで
梱包したまま押し入れにしまいこむことになるぜ。
家賃が安けりゃいいけどさ。
この、やるぞ!という意気込みは
家賃の高い方へ越すことだろうね。
近頃の不動産屋のように
だんだん裏路地に入り込んじゃうと、やる気は失せる。
社員も首切りなんかしなくても出てってくれるよ。
家賃がたかければ当然、部屋も広くなるし
立地もいいかもしれない。
今までのように駅近がいいとはかぎらない。
車の混雑や道路へのチョイ駐のことなんかも考えて
引っ越そう。
今のように高層マンションがないころは
金持ちが高台に住んだ。
低地で台風や大雨におびえて生活してたのは
お貧乏ちゃんたち。
タケシのおかあさんがいってたように
金持ちは子どもにお金をかけ学校へ行かせる。
だから代々金持ちでいられる。
いい学校へ入れてさえしまえば
その子の人生はばら色に保証されていた。
いい住環境に住むことが出来た彼らにとっては
いい時代だったことだろう。
でも今は違うぜ、とりあえず今はね。
貧富の差は実力できまる。
閨閥財閥学閥なんかない。
では諸君、いっちょうやってやろうじゃないか。
まず手始めに赤阪のマンションを買っちゃえ!
ガンジー
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あ、当たってる!
引っ越しを記念して、たしかにぼくらは、
『三合庵』におそばを食べに行きました、そういえば。
(つづく)
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