441.病室にて。
3度目の入院をしたガンジーさんが、
ひっそりと隣りのベッドのようすを
描写しています。
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「となりのベッド」
カーテンのすき間から見えるそのおばぁちゃんは
居眠りをしている。
パイプ椅子にすわっているその姿は
舟をこいでるそれではなくて
まるっきり動かない。
そして「く」の字というより椅子と一体化してまん丸だ。
ベッドには大きな口を開いた爺さんが
軽いイビキをかいて寝てる。
それまでひとしきり話が続き
ガンジーはカーテンごしに聞くともなく聞いていた。
「今日はおヒゲがよく剃れてますね」と
顔を近づけているようすがわかる。
多分ひたいに汗でもかいてるんだろう、
それをぬぐいながらのつぶやきだ。
このばぁさん、タスデ美とちがって「あなた」が主語だ。
「今日は何を食べたの?」
爺さんは黙して語らず。
「今日はよく見えるの?」
この爺さんは糖尿に白内障を併発してキビシイ状況なのだ。
足が冷たくないか、顔を拭きましょうか?など
つれ合いを思いやりとぎれとぎれに話しかけるその様子は
極上特級の賢妻ぶりだぜ。
ガンジー、ひとの事になると涙が出ちゃうんだ。
昼間ね、看護婦たちを相手に
我が人生をながながと語り
隣にいるガンジーは辟易してた。
そんなムカシのこと話してみたってわかるかよ!
それでも根気よく聞いている看護婦達がかわいそう。
しかしね終わりの頃にこの爺さん、
ガンジーのように懺悔をはじめたんだ。
散々遊んでカミさんをかえりみなかったようだ。
看護婦たちが
「そうよ女をいじめちゃダメなんだから
今は女が強いの世(よ、だね)」と
ガンジーまで聞えるように大合唱をはじめた。
へいへい左様でございますとも。
そんな会話を聞いてるので
夜になって見舞いに来たこのおばぁちゃんがいとおしい。
その丸まった背中に
どれほどの艱難辛苦がきざまれてることやら
想像すらできない。
おれより4歳上とこの爺さんがいってたから
77歳になるそのおばぁちゃんは姉さん女房。
きっと母親のように長い人生を面倒みてきたんだろうね。
ムカシのことだ、何かにつけて
男が主導権をにぎっていた時代に
姉さん女房は男の責任まで引きうけて過ごしてきたはず。
ご苦労さん、と
タオルケットでもかけてやりたい衝動にかられた。
今、この老婆はどんな夢をみてるんだろうか。
どこで生まれ育ってこの爺さんとめおとになったんだろう。
激しい恋愛のすえに結ばれたのか、
4歳も年上となればお見合いというパターンではなさそう。
きっと若い頃,周囲の反対を押しきり
こっそりデートを重ねた時を思い出しているかもしれない。
この爺さんに「眠りつくまでここにいますよ」と、
ひとごとながらも胸がつまるようなことをいってたが
自分まで眠ってしまってる。
帰りのバスは大丈夫なんだろうかなぁ。
諸君、夫婦って初めと終わりがとくに輝くもんなんだね。
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これ以上、何を付け加えられましょう。
ぼくは、出番を少なくします。
(つづく)
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