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原 |
いや、でもね、頭にきちゃうんですよ。
アメリカの「二番煎じ」を
やってる人のことを思うと、なんだかね(笑)。 |
糸井 |
しかし、原さんの、
そのモチベーションはすごいですね。 |
原 |
まあまあ、私はもうね、アメリカにいて‥‥。 |
糸井 |
ずっと、怒ってるんですか?
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原 |
いやいや、日本のことを
尊敬される国にしたいんです、世界から。
だから、それをじゃまするような人に対しては
頭にきちゃうんですよね(笑)。 |
糸井 |
でもね、やっぱり、いちばん根っこにあるのは
「個人の思い」じゃないですか。
バングラデシュの話なんかを聞いていても、
原さんの個性があってこそ、
動いていくプロジェクトだと思うんですよ。 |
原 |
ええ、それは、そうかもしれませんね。 |
糸井 |
こんなに怒れる「お金持ちの人」って
いいなぁと、思ったんです。 |
原 |
え? お金持ち? |
糸井 |
いやいや、「お金持ち」というのも
ちょっと、いじわるな言いかたなんですけど‥‥。
つまり、バングラデシュのプロジェクトは
どこかから集めたお金で、動かすわけじゃない。
ご自分で稼いだお金を使って、
もっとも効率のよいと思うやりかたで、
進めているわけじゃないですか。 |
原 |
ええ、そうです。 |
糸井 |
同じようなことをやろうとした場合、
資金的な理由やなにかで
自己決裁できる範囲がせまいから、
慣習だとか法律にしたがって、
自分を曲げてでも、いちど「演技」をして‥‥。
そういうやりかたをとりますよね。
ほとんどの人たちが。 |
原 |
まぁ、ふつうにやったら、そうでしょう。
でも、実現するために
何が必要かを考えれば、変わってくる。 |
糸井 |
だから、原さんの場合は、
いままで、自力で積み上げてきた資金のプールを
上手に活用なさってるんですね。
そういう意味で「お金持ち」なんですが、
さらにそこで
モチベーションを失わずに、
いまでも「しっかりと怒れる」ところが
すばらしいなぁと思ったんですよ。 |
原 |
‥‥じつはね、
いま、ちょっと怒ったように見えたのは、
思い出したんですよ、急に。 |
糸井 |
なにをですか? |
原 |
2001年の、あの「9・11」の3日前、
つまり「9月8日」って、
じつは、昭和27年に、吉田茂首相が
講和条約の締結のために
サンフランシスコに行った日なんです。
つまり、日本が国際社会に復帰してから
「50周年」にあたる日。
「9・11」のおかげで
話題にもなりませんでしたが。
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糸井 |
ああ、そうなんですか。 |
原 |
その記念式典をやったときに、
わたしは日本人ですけど、アメリカに長いから
あちら側の代表として
共同議長のひとりに任命されたんです。
で、日本からは政治家や財界人が出席した。
そのときにわたしは、
日本の大会社の社長なんかだけでなしに、
世界に誇れる技術を持った
日本の中小企業のリーダーに
来てもらったらいいなぁと思っていたんです。 |
糸井 |
ふん、ふん。 |
原 |
あのときの人選を誰がやったかは忘れましたけど、
通産省だったかな、どこか‥‥。
とにかく、結論からいうとね、
出席したのは
大手の電子商取引の会社の社長と、
インターネット証券会社の社長‥‥。 |
糸井 |
わかりやすい、というか‥‥。 |
原 |
しまった、と思いましたね。
わたしには
アメリカ人の反応がわかるから。
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糸井 |
つまり‥‥。 |
原 |
案の定、
アメリカ人がなんて言ったかっていうと、
「日本人は、
いまもむかしも、モノマネか」と。 |
糸井 |
ああ‥‥。 |
原 |
悔しいでしょ。
いま、それを思い出していたから、
ちょっと怒ったように見えたんでしょうね(笑)。 |
糸井 |
それのお話は、リアリティあるなぁ。
つまり原さんは、その一部始終を
アメリカ側からの視線で、見てたんですね。 |
原 |
そう、そうなんです。
わたしはね、
「こんなのはアメリカにはないぞ、
すごい!」という技術を持った
中小企業のトップに、来てほしかった。
日本はけっして、
モノマネ屋なんかじゃないんだというところをね、
見せてやりたかったんですよ。 |