糸井 シャングリ・ラ鉄道博物館‥‥ですか。
ええ、父とわたしの「遊び場」なんです。

ちなみに、シャングリ・ラ(香格里拉)というのは、
『失われた地平線』という小説に登場する理想郷。
糸井 じゃ、お父さんの「鉄道模型の理想郷」ですね。
そうそう、写真があったかな‥‥。

これこれ、これがわが家の
私設「シャングリ・ラ鉄道博物館」です。
糸井 うわー‥‥すごい。

原信太郎著『原信太郎  鉄道模型のすべて』(誠文堂新光社刊)より
100畳の部屋に、レールを敷いてます。
糸井 ‥‥100畳?
父はね、鉄道模型が、何より好きなんです。

機関車を作っているところ以外の姿を
あまり見たことないくらいで。

わたしが高校、大学受験なんかのときは
夜中の2時〜3時まで勉強してましたけど、
父のほうが、
もっと遅い時間まで「機関車」をやってる。

朝も朝で、クラブ活動のために
けっこう早い時間に起きてたんですけど、
父はもう‥‥機関車やってる。
糸井 お父さん、いつ寝てるんですか?
それが不思議なんですよね(笑)。

しかも父は、こういった鉄道模型を作るために、
いろんな語学を、独学で身につけているんです。

イタリア語、フランス語、スペイン語、ロシア語‥‥
もうね、父のところには
いろんな国から、いろんな言語の雑誌が届いて。
糸井 この‥‥ここの説明文を読んでみたら、
またちょっと、あきれるよ(笑)。

「外部に面した開口部はすべて開閉でき、
 内側には
 レバーによる開閉装置がついています」
つまり「ぜんぶ実物と同じ」という意味です。
糸井 「本物と同じく、
 運転室内の手動制御機のハンドルをまわすと、
 鎖が巻き上げられて、
 各台車のブレーキ装置が作動して
 ブレーキがかかります」
ようするにね、ここのところのドア開けて‥‥。


糸井 だれがそんなところのハンドルを
まわすんですか。
指が細い人なら、できますよ。
糸井 「空気圧縮機、モーター冷却用送風機、
 電動発電機を内蔵しているなど、
 完全に本物を再現‥‥」
そう、だから、屋根の上のパンタグラフも
飾りじゃなくて、
なかにシリンダーが入っていて
きちんと、動くようになっているわけです。
糸井 もう、ここまでくると‥‥
最上級の褒め言葉として「バカバカしい」。
あはははは。
糸井 あるいは、「タモリさんに見せてやりたい」。
まぁ、このあたりは
わたしの父にしか作れない特殊な模型でしょう。

たぶんもう、これから、わたしや他のだれかが
いくら習っても、ムリでしょうね。
糸井 制作総指揮・お父さん、なんですね。
原信太郎(のぶたろう)っていうですけどね。
糸井 つまり、すべてについて「わかってる人」が
信太郎さんで、
そういうプロデューサーがいないとダメなんだ、
ここまでの模型を作るには。
そう、だから‥‥たとえばね、
この機関車は縮尺が「32分の1」なんですけど
「炎」は「32分の1」に縮められないでしょう?
糸井 ええ、ええ。
ですから、炎のように自然の要素を取り込む部分は、
杓子定規に縮尺をしてしまうと、うまく動かない。
そのあたりの案配が、
すごく、難しいところなんですよね。
糸井 なるほど‥‥オリジナルの寸法に
合わせるところと
合わせちゃいけないところがあるんだ。
そのとおり。
糸井 しかし、いきなりこんな話になるとはなぁ‥‥。

ふぅー‥‥。

鉄道模型の話で、こんなふうに
ため息つかせちゃうなんて、ちょっとないよね。
本物だけが持つ、ものすごいちからがあるんです。

だから、この模型には、山だ川だ橋だっていう
過剰な飾り立てなんて、ほとんど要らない。
糸井 これが走ってるってだけで、充分だと。
そう、骨董の壷が、置いてあるように。
糸井 でも、見てるだけでこんなに凄いんだから
これが、実際に動いたりすると‥‥。
もう、ワクワク、ゾクゾクしますよね。
糸井 なんか「怖さ」すら感じそうです。
車輛じたいに重量がありますからね、
脱線とか転覆したら、本気で壊れますよ。
糸井 なるほど、つまり「事故」だ。
そう、「シャングリ・ラ鉄道博物館」は
芦屋にあるんですけれど、
阪神大震災のときに、158両、壊れたんです。

棚から落ちてきちゃって。
糸井 被害のケタも、ちょっとちがいますね。
震災から、もう10年以上経ちますけれど、
まだ、その修理がぜんぶ終わらないんですよ。
糸井 むかしの大寺院の修繕の話を
聞いているようです(笑)。
ちなみに、芦屋の自宅では
庭にもね、レールを敷設してるんです。
糸井 屋外でも走らせてるんですか?
そっちはね、笑っちゃうんだけど、
トンネルから橋から川から山から‥‥ぜんぶある。
糸井 雨や雪が降ったらどうするんですか?
本物の機関車は、雨でも走るでしょう。
糸井 ああ‥‥そうか。

雨が降ってきて濡れるのは当然だっていう
リアリティでやってるんだ。
そうそう、「本物と同じ」ですから。
だから、同じように、雪がふったらね‥‥。
糸井 ふつうに、雪が積もると。
というか、除雪車がありますので。
糸井 ‥‥。
もちろん、模型のね。
糸井 ‥‥はぁ(笑)。
<続きます!>

2008-07-25-FRI


(C)HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN