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ほんとうにほんとのハワイ。

■Vol.25 ハワイの伝説
Night Marchers ナイト・マーチャーズPart5


カレオは息もできないほどの恐怖のなか、
子供の頃お祖父さんとお祖母さんが
言っていたことを思い出しました。
“ナイト・マーチャーズに出会って助かりたかったら
 服を脱いで地面に突っ伏さなければいけない”
彼は持っているものを放り出し、服を脱ぎ捨て、
地面に腹ばいになりました。
そして、夜露に濡れた草や土の味が感じられるほど
顔をぎゅっと地面に押し付けました。

カレオは、いままで味わったことのない
恐怖に押しつぶされそうになりながら、
ただひたすら祈るような気持ちで
「死にたくない」と思い続けていました。

そのとき突然、
力強い手が彼につかみ掛かり、
カレオの体をぐいっと持ち上げました。
首を強くつかまれながら、
カレオは絶望感と恐ろしさで、
目をぎゅっと閉じていました。
自分をつかんでいるのが誰なのか
見る勇気などかけらもありません。

「目を開けろ!」
聞き覚えのある声が、彼を怒鳴りつけました。
それは、紛れもなく亡くなったお祖父さんの声……!
カレオはおずおずと目を開けました。
お祖父さんは、怒りのこもった目で
彼の目をじっと見返していました。
「お前に言っただろう!?」

しかしカレオは、お祖父さんの背中ごしに見える
信じられない光景に呆然としてしまいました。
ものすごい数の人々が列をなして歩いているのです。
そのほとんどは上半身裸で、
腰には皆、彼が絵でしか見たことのない
ハワイの古い衣装を着けていました。
するとお祖父さんはが、いきなり彼の顔を殴りつけました。
口の中に血の味が広がるのがわかりました。
「彼らを見るんじゃない! わしを見ろ!!」

カレオは恐る恐るお祖父さんの顔に目をやりました。
ところが彼は、お祖父さんの目に
涙があふれていることに気がついたのです。
「約束しただろう!
 お前はわしに恥をかかせたんだぞ、カレオ!
 わしはここに絶対に来るなと言っただろう。
 お前にはその意味が分かっていないのか!!」
お祖父さんは、再び彼の顔を強く殴りつけました。
カレオはおじいさんに
謝りたい気持ちでいっぱいになりました。
しかしそんな間もなく、お祖父さんは彼を引き倒し、
髪をつかんで顔を地面に押し付け、
さらに足で彼の背中を強く踏みつけました。

太鼓の音とチャントが周囲に響き渡り、
行進していく大勢の足は、
まるで永遠に続くかと思われるほどでした。

どのくらい時間がたったかわかりません。
いつしかそれらの音が消え、
髪をつかまれていた痛みも、
背中の重い足の感覚も消えました。
彼は急いで起き上がると無我夢中で走り出しました。

カレオが家に着くと、
お祖母さんはすぐに彼の息から
恐怖とアルコールが混ざり合った匂いを嗅ぎ取り、
静かに首を横に振りました。
「お前、行ったんだね?」
お祖母さんはカレオの腕をを引き寄せました。

お祖母さんはカレオの顔が
殴られて腫れ上がっているのをみとめると
「服を脱ぎなさい」と言いました。
彼がのろのろとシャツを脱ぐと、
お祖母さんはそれをひっくり返して
背中についている大きな足跡を
カレオに見せながらこう言ったのです。
「お祖父ちゃんがあの土地に行くなと言ったのには、
 理由があるんだよ。
 お前はお祖父ちゃんに恥をかかせた。
 これはね、お祖父ちゃんがお前を助けられる
 たったひとつの方法だったんだよ」
そして、お祖母さんはカレオを強く抱きしめました。

恐怖はいつの間にか
言いようのない悲しみに変わっていました。
彼はお祖父さんと交わした約束を破ってしまった。
でももう彼には、お祖父さんの怒りが
本当の怒りではなかったことは
痛いほどわかっていました。
カレオが古の土地と先祖に敬意を払わなかったこと。
そしてそのために、愛する孫が
殺されてしまうかもしれない……。
そういったことへのいたたまれない思いだったのです。

お祖父さんは彼を助けてくれました。
その助けがなければ、彼は命を失っていただろうし、
ここで私たちに話してくれることもできなかったわけです。

彼の話が終わったとき、
私たちは皆、言葉を失っていました。
彼の目には涙があふれ、
そこにいた私たちもまた同様でした。

ハワイでは、伝説はいつも作り物とは限りません。
それらの話には、いつでも少し真実が含まれています。
こうして私は、
この伝説を心から信じるようになったのです。

2000-08-12-SAT
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