hawaii
ほんとうにほんとのハワイ。

■Vol.39 ハワイの迷信 Part2

その後、何週間かは何事もなく過ぎました。
ところが、夏休みも終わろうというある夜、
私は奇妙な夢を見たのです。
夢の中で、外の暗い闇の中から
また同じ女の人の声が聞こえてきました。

女の人はささやくような声で私を呼び続けています。
夢だけど、横にはいつものように祖母が寝ていて、
静かに寝息を立てています。
祖母が目を覚ます気配はなく、
その声はまるで私だけに聞こえているような感じでした。
とても優しいその声は私を誘い続け、
夢の中の私はいつしか祖母との約束を忘れていました。

私はベッドを抜け出すと外のポーチに出ました。
すると回りには大勢の見知らぬ人たちが
立っているではありませんか。
しかも奇妙なことに、誰も私に気づいていない様子です。
けれどその中でただひとり、道の向こう側に立っている
女の人だけが私をじっと見ていました。
その人はとても小柄なおばあさんでした。
木の陰の暗がりにたたずんでいるので
どうにか顔が見えるぐらいでしたが、
私はすぐにそのおばあさんに気がつきました。

“Piilani, e hele mai”
おばあさんは手を差しのべて私を呼んでいます。
その顔を見ると、いままで会ったこともないのに
すごく懐かしいような気持ちになりました。
私はすぐにでもおばあさんのところに行って
抱きしめてもらいたいような衝動にかられました。
そのおばあさんをとても愛していると感じたのです。
玄関のポーチを降りると、光が差して、
初めて私は彼女の顔をはっきりと見ることができました。
優しそうな目で、にっこりと微笑みかけています。
彼女はもう一度私を呼び、
私は導かれるままに彼女のほうに近づいていきました。

そのときです。
祖母の声が突然響き、私は我に返りました。
祖母はどこかとても遠いところから
一生懸命叫んでいるようです。
私は、祖母がポーチから呼んでいるのだと思い
家のほうを振り返りましたが、祖母の姿はそこにはなく、
そればかりか家の回りにいた大勢の人たちも
みんないつのまにか消えていました。

おばあさんのほうに向き直ると、
彼女は寂しげに、「家に帰っていいのよ」
というように私に頷いてみせました。
それで私はなぜか急に慌てて家に走って戻り、
ベッドにもぐるとすぐに深い眠りにつきました。

その夜が明けて朝7時ごろ。
私は祖母に起こされ、
ゆうべどこに行っていたのかと尋ねられました。
「どこも行ってないよ」
私はびっくりして答えました。
「いいえ、タマラは寝ぼけて
 どこかに歩いていったよ」
私は祖母が私をからかっているのだと思って
笑いだしました。
しかし、祖母の顔は真剣です。
祖母にどんな夢を見たのか聞かれ、
私はゆうべの夢を詳しく話し始めました。

すると、突然祖母は涙ぐみ、
私をしっかりと抱きしめました。
「なんで泣いてるの?」
祖母は黙ってひきだしから1枚の写真を取り出し、
それを私に見せました。
初めて見るその写真に写っていたのは、
ゆうべ私の夢に現れたおばあさんでした。
「この人は、私のお母さんよ」
祖母は消え入りそうな声でそう言いました。
その人は10年くらい前に亡くなった
祖母のお母さん、つまり私の曾お祖母さんだったのです。

私の母は、曾お祖母さんの
いちばんお気に入りの孫だったそうです。
彼女はきっと寂しくて、
可愛がっていた孫の娘である私のところに
現れたのではないか、と祖母は言いました。
しかも、呼ばれるままについて行ったら、
私は魂を持って行かれただろうというのです。

私を失うかもしれなかったと知った祖母は
たまらなくなって私を抱きしめたのです。
それでも私は、寂しそうな目で、
私に家に戻りなさいと頷いてくれた
あのおばあさんを思うと、
恐怖よりも切なさばかりがこみ上げてきました。
寂しさのあまり、私を呼び続けたおばあさん……。
その寂しさを少しでも和らげてあげることは
できないのだろうかと考えました。
私にできることといったら、お墓に花を供え、
少し話しかけたりするくらいなのかもしれないけれど。

その日祖母は私を車に乗せ、
小高い丘の上にある家族のお墓に連れていきました。
私はお墓の前に座り、ゆうべ一度会っただけだけれど、
確かにおばあさんを愛していると感じたことを告げ、
「もう寂しくならないで。私はここにいるから」
と話しかけました。
そのことがあって以来、私はモロカイに行くたびに
必ず彼女のお墓に花を供えに行きます。
彼女の優しい目を思い出しながら
“曾お祖母さんの心はいま安らかだろうか”と
ふと、思ったりしているのです。

2000-10-10-TUE

BACK
戻る