hawaii
ほんとうにほんとのハワイ。

■Vol.45 ハワイの宗教
“Mana”and“Kapu”マナとカプ


ハワイ人がよく口にする“マナ”とは、
生命の力のことで、
それは誰の体にも宿っているとされています。
マナマナは脳の力、マナロアは聖なる魂で、
これらは生きているものの中に常にあるもの。
これらマナの力によって奇跡は引き起こされる。
ハワイ人はすべてのものの中に
マナがあると古くから信じています。

昔、王族など高位にあった人物が亡くなると、
近しい人々はその骨を隠しました。
骨にはその人のマナが残っているとされ、
その骨を手に入れた者は、故人のマナを
我がものにできると思われていたのです。
マナは肉体が滅んでも
生き続けるものと考えられていますが、
誰かが骨を奪うとそのマナが弱まってしまうのです。
王族はハワイの神々の血を引いているとされており、
カフナたちは神から特別な力を与えられた存在だったので、
普通の人よりずっと強いマナを
持っていると思われていたわけです。

カメハメハ大王が死んだとき、
彼の一族はカメハメハの骨が盗まれることを恐れて、
誰にも分からないところに彼を埋葬しました。
そのため、いまでもカメハメハが
どこに葬られているのかは謎のままとなっています。

マナは、ハワイでは非常に大切なものです。
マナは体のどの部分にも宿っていて、
影にさえマナはあると信じられていました。
だから、かつては王の影に触れることは
とんでもない大罪とされていて、
もし触れた場合はすぐさま処刑されてしまいました。
大人子供、男女の関係なく、
罰は必ず死刑だと定められていました。
もし、王の影を踏んだら
王のマナの一部はその人の体に入り、
その分王の力が弱まると信じられていたためです。

Kapu(カプ)とはハワイの宗教的な戒律のことです。
あまり知られてはいませんが、
英語の“tabu(タブー)”という言葉は、
ハワイ語の“Kapu(カプ)”が語源になっています。
カプはとても複雑なルールで成り立っていて、
社会秩序や人々の安全が守られるため、
そして、カフナと王族が民を従わせるために
実によく考えられていました。

ハワイの人々は、カプによって禁じられたものを
犯すようなことは決してしませんでした。
ほとんどの場合、カプを犯したときには
死をもって償わなければならなかったので、
みんなカプを破らないよう細心の注意を払っていました。
ただ、あまりにも多くのカプがあったため、
人々がそのすべてを覚えるのは至難の業でした。

しかも、新たなカプは必要に応じて次々とつくられました。
カフナがカプを司る神の像の前で祈りを捧げ、
儀式が済むと、その決まりごとは
神聖なカプとしての力を持つようになるわけです。
人々がカプを守っていたのは、罰の厳しさだけでなく、
神が定めたとても聖なる掟だと信じていたからです。

カプはとくに女性に多く課せられていました。
例えば女性には、「男の神を象徴している
食べ物を食べてはいけない」というカプがありました。
豚はカマプアアという男神、バナナはカナロア、
ココナツはクーの男神を象徴していて、
女性がそれらを食べることは失礼にあたるので
禁止されていたのです。
同じく男性も女神を象徴する食べ物を
口にしてはいけないのですが、
ハワイの神々には女神より男神の数のほうが
ずっと多かったため、必然的に女性のカプも
増えてしまったというわけです。

1819年、ハワイをコントロールするには
ハワイ人がかたくなに守り続けているカプを
なくすしかないという白人たちの判断のもと、
カプのシステムは
ホオマナマナの廃止とともに禁止されました。
しかし、ハワイの宗教の廃止を実際に決断したのは、
当時カフナの最高位カフナ・ヌイにあった
ヘヴァヘヴァです。

彼の決断が本当に正しかったかどうかはわかりません。
「彼はハワイを手に入れたかった白人たちに
 利用されただけだ」
と言う人もいます。
でも私は、永いときを経てやっと
ハワイ本来の文化が復活し始めているいま、
ヘヴァヘヴァは遠い未来を見つめ、
そこに望みを託して決断を下したのではないかという
気がしてならないのです。

2000-11-14-TUE

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