hawaii
ほんとうにほんとのハワイ。

■Vol.50 ハワイの宗教
盗まれたキルト


これは、私が子供の頃、父から聞いた話です。

父の祖母、つまり私の曾お祖母さんは
純粋なハワイ人でした。
彼女の生まれた世代では、ほとんどの人が
英語を話すことができませんでした。
学校では英語を教えているのですが、
多くの子供は経済的な事情や様々な理由で
学校に行くことさえできなかったからです。

父は、曾お祖母さんは伝統的な古いハワイのなかで
育ったと言っていました。
彼女はほとんど英語を話さず、それは話せなかったのか、
ハワイ人としての誇りのため英語を話すことを
拒んでいたのか、真実はわかりません。

とにかく、ハワイの宗教が廃止されて
伝統的なことは禁じられてからも、
曾お祖母さんはまだ古いハワイの伝統を
隠れてずっと守ってきました。

ハワイではかつて物々交換が行われていましたが、
白人が来るようになってから、
彼らはお金がとても重要なものだとハワイ人に教え込み、
ハワイの経済もすっかり変わりました。
白人から見ると、ハワイ人の生活は
とても貧しく映ったようでした。

私の曾お祖母さんは、
普通の仕事を得ることができませんでした。
なぜなら当時彼女は英語が充分に話せなかったからです。
でも彼女はハワイアンキルトをつくるという
自分の得意なことでわずかなお金を稼いでいました。

キルトは、イギリスから来た伝道師によって
ハワイに伝わり、その後ハワイらしいモチーフが
独自に生まれて、ハワイアンキルトと
呼ばれるものになりました。
イギリス人たちはハワイ人が作ったキルトの
美しさと細やかさに驚き、イギリスのものよりも
高値で売れるようになりました。

しかし、ハワイアンキルトはひとつを仕上げるのに
とても時間がかかるのが難点でした。
しかも曾お祖母さんの指は関節炎で
思うように動かなかったため、
普通よりもさらに時間がかかりました。

彼女はとてもシンプルな生活をしている人だったけれど、
キルトのデザインをオリジナルで作りだすことにかけては
大変なプライドを持っていました。
曾お祖母さんのキルトはどれも細かく上品なデザインで、
派手さはないけれども、それは美しかったそうです。
緻密でシックなキルトには
曾お祖母さんの人柄が現れていました。

彼女が長い時間をかけてひとつのキルトを仕上げると、
たくさんの白人たちが家にやってきて
彼女のキルトを買いたいと交渉したそうです。
誰の目から見ても美しく
オリジナリティにあふれたものだったのです。

父の母が若くしてこの世を去り、
当時8歳だった父は曾お祖母さんに
育てられることになりました。
曾お祖母さんはとても多くの孫をもっていて、
みんな彼女の家の近くに住んでいました。
彼女の家はいつもドアを開け放してあり、
親戚のだれでも遊びに来ていいようになっていました。
曾お祖母さんの家には彼女の子供たち、
孫たちが絶えず遊びに来ていて、
いつも多くの人で賑やかだったそうです。

ある日、父はリビングで大人たちの会話を耳にしました。
「私のキルトのデザインを盗んだ者は、
 その盗んだ手一面に水膨れができて
 腫れ上がるはずよ」
曾お祖母さんは新しいキルトに取りかかるとき、
いつもその模様のデザインを薄い紙に描きあげ、
それを仕事用の机の上に並べて置いていました。
デザインを盗んだ者をとがめる曾お祖母さんの声は、
いままで一度も聞いたことのないような
恐ろしい感じを含んでいました。

父の従兄たちは、彼女のことを
特別な力を持っていると言って怖がっていましたが、
父にはなんのことだか分かりませんでした。
でもそのとき、父は初めて曾お祖母さんに
不思議な畏れを感じたといいます。
彼女の話し方は静かだったけれどどこか謎めいていて、
目に見えない力を持っているような印象を受けました。

それから1週間が過ぎ、リビングルームで聞いたことも
父の頭からはすっかり忘れ去られていました。
そんなある日、彼が学校から帰ってくると
曾お祖母さんが叔母さんと話をしていました。
叔母さんに挨拶のキスをしたそのとき、
父は、彼女の手が大変なことになっているのに
気がつきました。
叔母さんの右手は倍くらいに腫れ上がり、
気味の悪い水膨れが手の甲一面にできていたのです。

曾お祖母さんはびっくりしている父に
自分の部屋に行くように言いました。
父は言われた通りにしましたが、
小さな家だし、壁も薄いため
彼女たちの話し声はどこにいても聞くことができました。

叔母さんが泣きながら話しているのが聞こえてきました。
「お母さん、ごめんなさい。
 お母さんのデザインを盗んだことを、
 どうか許してください」
少しの間があって、曾お祖母さんは話し始めました。
「私がこの家を、誰でも自由に入れるようにしているのは
 お前たち子供のため、そして孫たちのためなのよ。
 それは、お前たちみんなを愛し信用しているから。
 私がカレ(父の愛称)の面倒を
 見なくちゃいけないのは知っているね。
 キルトは私にできるたったひとつの事。
 それを私の子供が、私から盗むなんて……」

父は、曾お祖母さんの声に
悲しみが込められているのがわかりましたが、
それ以上に恐ろしさを感じずにはいられませんでした。
従兄たちが、曾お祖母さんのことを
“想像できないような魔術を使える”と言っていた
あの噂は本当だったのかもしれません。
その時から、父は曾お祖母さんに対し
畏れと尊敬を抱くようになりました。

この話をしてくれたとき、
父は私に、曾お祖母さんこそ古いハワイを
受け継いできた人だったことを理解させようとしました。
彼女は隠してはいたけれども、カフナだったのです。
彼女の娘の手は元に戻り、
その後誰一人として曾お祖母さんの
デザインを盗むものはいなかったそうです。

2000-12-06-WED

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