あのひとの本棚。
     
第14回 パルト小石さんの本棚。
   
  テーマ 「過去・現在・未来を見せてくれる5冊」  
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芸の世界では、過去・現在・未来が切りはなせないんです。
たとえば落語なんかは「古いもの」でありながら、
とうぜん現代にも生きていて、
これから先も生きていくだろうという力がありますよね。
過去から未来につながる、そういうものに惹かれるんです。
でも、古いものなら何でも博識なわけじゃないですよ。
ほんとにもう、ぼくは好き嫌いで生きてるんで、
興味の幅は広くないんです、ピンポイント。
きわめてピンポイントではありますが、ぼくにとって
過去・現在・未来を見せてくれる5冊を選んできました。
   
 
 

『なつかしい
芸人たち』
色川武大

  『うらおもて
人生録』
色川武大
  『マジシャン
完全版』
松岡圭祐
  『白川静さんに
学ぶ
漢字は楽しい』
小山鉄郎
 

『世の中ついでに生きてたい』
古今亭志ん朝

 
           
 
   
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  『世の中ついでに生きてたい』 古今亭志ん朝 河出書房新社/1890円(税込)
 
5冊目の「トリ」はやっぱり、
落語の本でいきたいと思います。
過去、現在、そして未来のことを思うとき、
ぼくにとって落語は、とても大きなポイントになるので。

古今亭志ん朝師匠の、これは対談集です。
山藤章二さん、中村勘九郎さん、今の勘三郎さんですね、
池波正太郎さん、中村江里子さん‥‥。
いろいろなかたとの対談をまとめた一冊です。



志ん朝師匠は大きなホールで落語をやる、
いわゆる「ホール落語」の走りのかたなんです。
いまではよく見かけるスタイルですが、
当時は「あたらしい落語」ですよね。
ぼくらナポレオンズは、
そのホール落語によく呼んでいただきました。
まずぼくらが15分くらいマジックやって、
それから志ん朝師匠が一席。
中入りがあって、またぼくらがちょっとやって、
志ん朝師匠が最後に一席っていう。
だから、袖からきかせてもらえたんです。
それは、もう、みごとで‥‥。
ぼくらは自分の仕事よりも、
袖できくのが目的だったくらいです(笑)。

物腰が柔らかで、お弟子さんにもやさしくて、
誰とでも対等でいようとするかたでした。
師弟関係が厳しい落語会では、
その意味でも、新しいかたでした。
‥‥これ、ほんとの話なんですけど、
地方でホール落語をやったあとに、
おばあさんが駐車場で師匠をつかまえて、
「あんたね、うまいわ。
 もうちょっと努力すると『笑点』に出られる」
って(笑)。
師匠は全盛期でしたがテレビにあまり出ないんで、
おばあさんは知らなかったんでしょうね。
「ありがとうございます、がんばります」
師匠は常に穏やかなかたでした。

志ん朝師匠の本は、いろいろ持ってるんです。
この前はDVDも出たので、それも買いました。
そんな中で、なぜこの一冊を選んだかというと‥‥
声が聞こえるんですよ。
対談なので、読んでると師匠の声が聞こえてくるんです。

63で亡くなるというのは、
あまりにも早すぎたと思います。

「いやあ、本当にマジックというものは面白いですねえ」
ぼくらは、志ん朝師匠に、
そんなふうに言っていただいたことがあります。
ホール落語で、ぼくらがやったあとで。
「マジックというものはね、
 お子様もね、見ても喜んでいるし。
 その点、私のとこの落語なんつうものは、
 お子様は走り出したりしますから(笑)」
あのときの言葉は、声は、忘れられないです‥‥。

   
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  『白川静さんに学ぶ 漢字は楽しい』 小山鉄郎 共同通信社/1050円(税込)
 

過去、現在、未来とつながっていくものといえば
やっぱり「ことば」ですよね。

とりわけ「漢字」がおもしろいと思ったのは、
仕事で欧米に出かけたときに、
中国の人と漢字でコミュニケーションできたからなんです。
ある中華料理店で待ち合わせをして、その店の人に
「我、待、会、飯店」って書いたら
「ああ」って通じちゃって、
これはおもしろいなあ、と。
英語だとそうはいかないですもんね。

白川静さんというかたは有名な漢字学者で、
研究書もたくさん書かれていますが、
この本は入門書としてとても読みやすいと思います。
小山鉄郎さんというかたが、
白川静さんが研究してきたことを
わかりやすく抽出して編集された一冊なので、
だれでもたのしく読めると思いますよ。
とくに、漢字の「成り立ち」について
興味深く知ることができるんです。
いわゆる象形文字というのでしょうか、
「この漢字はもともと、
 この形からきてたんだ、へえ〜」
という具合で。



とはいうものの、
ひといちばい漢字に詳しくなるわけでもなく、
漢字がいっぱい書けるわけでもないんですけどね(笑)。
もう、ピンポイントで興味があるだけで。

あ、でもあれですね、
ぼくは人前でのしゃべりを仕事にしてるんで、
意味合いがわかんなくて下手にしゃべってると、
赤っ恥をかくぞっていうのは、
ちょっとあると思います。
職業的にも日本語については気をつけたいな、と。

たとえば‥‥
これは漢字ではないんですけど、
「情けは人のためならず」って言葉がありますよね。
これを、
「情けをかけると相手のためにならないからやめとけ」
という意味で使うと、赤っ恥なんですよ。
正しくは、
「情けをかければ巡り巡って戻ってくる。
 人のためじゃなくて結局自分のためになるから、
 誰にでも親切にしておけ」
っていう意味なんですよね。

過去、現在、未来と、
ことばは変化していくものだから、
その時点で伝わればいいとも思うんですが、
そもそもの成り立ちは、知っておきたいんですよ。

   
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  『マジシャン 完全版』 松岡圭祐 角川書店/580円(税込)
 
実はぼく、この文庫本の
解説を書かせていただいてるんですよ。
自分のホームページに、これの感想文を書いたんです。
「まいったなあ」みたいに。
「こんなマジシャンの心理まで書かれちゃって、
 暴かれちゃって、ネタバレー」
というようなことを書いてたら、
どういうわけか著者の松岡圭祐さんがそれを読まれて、
「文庫本の解説を」と、ご指名がきたんです。

小説の内容は、詐欺師と奇術師のたたかいの話です。
ある詐欺犯罪が発生して、
それを刑事が解き明かそうとするんだけど
さっぱりわからない。
で、刑事がたまたま知り合った女流マジシャンが
「マジックでこういうのがあるので、
 トリックはこれにまちがいないでしょう」
という具合でお話が進んでいくんです。

これが、めちゃくちゃよかったんですよ。
でも、マジシャンとしてはすごくイヤなんです(笑)。



どういうことかというと‥‥
たとえば、マジシャンからすれば「トリック」でも、
詐欺師にとっては「手口」になる。
言葉がちがうだけで、やってることは同じですよね。
昔は、寄席でマジシャンの登場になると司会者が、
「え〜、ただ今より手品師が出てまいりますので、
 みなさま懐中物にはくれぐれもご注意を」
なんていうことを言われたりしたんです。
そういうの、ぼくはちょっと複雑な心境で(笑)。
マジシャンっていうのは昔も今もこれからも、
きっとそんなイメージなんだよなあ、っていう‥‥。

この心理は、マジシャンだけが感じている
微妙なものだと思ってたんですよ。
ところがこの小説のなかでは、
そういう心理状態も含めて、
いまのマジシャンの現状がきっちり書かれてたんです。
「この人、マジシャンじゃないのにどうしてわかるの?」
不気味にさえ感じました。
きっと、かなり深い取材をされたのでしょう。

解説には何を書いたらいいのか悩みましたが、
やはりぼくはマジシャンですので、ひとつ、
「読むマジック」のようなものを書かせてもらいました。
小説本編のあとで、
デザートのようにたのしんでもらえるとうれしいです。

ちなみに『マジシャン 完全版』の
「完全版」というのは、
ぼくの解説がついているから「完全版」、
というわけでは当然なく(笑)、
文庫本化にあたって、
かなり書き直されたからだそうです。

‥‥いやほんと、
まいっちゃいます、この小説は、マジシャンとして。

   
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  『うらおもて人生録』 色川武大 新潮社/540円(税込)
 
もう一冊、色川武大さんの本を。
これはちょっと人生相談っぽい内容というか、
「生き方」みたいなことについて書かれたエッセーです。
といっても、そんなにおかたい感じではなくて、
要するにこの本で言っているのは、
「人生、8勝7敗くらいがちょうどいい」
っていうことなんです。
「勝ちっぱなしじゃどこかに軋轢がくるし、
 負けっぱなしじゃやっぱりいけない。
 8勝7敗とか7勝8敗とか、
 人生そういうのでいいんじゃないか」と、
そういうことが書かれている本だと思います。

これって、今で言うなら、
「勝ち組、負け組」みたいな話ですよね?
昭和62年に出版された本に、
そういうことが書いてあるんです。
だから、変わらないんですよね、過去も現在も未来も。
人生を勝ちと負けで考えちゃうっていうことは、
ずっとあり続けることなんでしょうね。



この本に書いてあるんですけど、
色川さん自身が、
ちいさなころから落ちこぼれだったらしいんですよ。
小学校を抜け出して寄席に行っちゃったりして、
完全にドロップアウトしていたと。
大人になってからは、ナルコレプシーでしたっけ?
すぐ寝てしまう病気になってしまうんです。
取材に遅れないようにと
3時間とか4時間前に家を出るんだけど、
山手線でずーっと眠って結局遅れてしまう。
そんなエピソードも書かれていました。

ギャンブルの話も、とうぜん出てきます。
社会の裏街道に何度か迷い込んでは、
賭け事の修羅場を体験してきたと‥‥。

そういう著者の本だから、
「人生、8勝7敗くらいがちょうどいい」
という言葉に、深みを感じるんですよね。

「勝てばいい」だけが人生じゃなくて、
愚かでも不器用でもいいから、
自分を大切に生きていけばいいんだよ、
と、そんな考えを静かに受け止めた一冊です。
現代人にわからないところはないと思うので、
いろんな人に読んでほしいですね、ほんとに。

   
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  『なつかしい芸人たち』  色川武大 新潮社/620円(税込)
 
タイトル通り、古き良き芸人さんたちを紹介していく、
小説ではなくて、これはエッセーですね。

色川武大(いろかわたけひろ)さんは、
いくつかのペンネームで作品を書きわけていたかたです。
阿佐田哲也という名前で書かれた『麻雀放浪記』
映画にもなっているので、
そちらをご存知のかたも多いかもしれませんね。
色川武大のときは、
純文学やエッセーの作家になるんです。
ぼくはどっちも読んでいるんですけど、
より強く惹かれるのは色川さんの作品なんですよ。
本屋さんに行って「色川武大」という名前を見ると、
つい、パッと買っちゃうもんで、
同じ本が家に2、3冊になったりしています(笑)。

この本に出てくる芸人さんは、
エノケン、ロッパ、トニー谷、エンタツ・アチャコ‥‥。
ほぼ日の読者さんは、ほとんど知らない名前ですよね。
知ってたら怖いです(笑)。
でも、たぶん、そういう名前を知らないひとが読んでも
たのしめるんじゃないかと、ぼくは思います。
難しい評論の本じゃないので。
もう単純に、「この芸人が好きだ」っていうのが
書かれているんです。
「あの落語家の、あのときの高座は
 サゲがこれこれこうだからよかったんだ」
っていうような分析みたいなことも書いてない。
好きな芸人さんのことを、ただ好きなように書いている。
そのやさしい目線と芸人さんとの距離感に
共感しちゃうんですよねえ。



今は「お笑いライブ」と銘打って
ホールでやったりするでしょう?
昔はそういう場所は当然なくて、
この本のなかでは、
進駐軍のマーケットとか、キャバレーの幕間とか、
そういう場所で芸人たちが活躍してるんです。
いや、でも、
「昔のほうが良かった」と言いたいわけじゃないですよ。
過去、現在、未来と、
かたちはかわりながらも芸人たちの場所は
連綿と続いてきたんだなあと、
そんなことを感じさせてくれる一冊なんです。

こういうの、書いてみたいと思っちゃうんですよ、
ぼくの好きな芸人さんたちのことを。
ま、こんなすごいのは
とても書けないんですけどね(笑)。

 
パルト小石さんの近況
「ほぼ日」では、
「ライフ・イズ・マジック」でおなじみのパルト小石さん。

小石さんのご本業は、
(言うまでもないことですが)マジシャンです。
ボナ植木さんとコンビでご活躍を続ける
ナポレオンズのHPは、こちらからどうぞ。

そんなパルト小石さんが、
プロのマジシャンを続けながら、ことしの6月、
「小説家」としてのデビューを果たされました!

小石至誠
徳間書店/1365円(税込)

著者名は“小石至誠(こいし しせい)”。
これは、小石さんの本名です。

「ライフ・イズ・マジック」の、
こちらこちらの回でも、
ご自身の小説をたのしくご紹介されていますが、
ここでもあらためて
『神様の愛したマジシャン』の内容はもちろん
そもそもなぜ小説を書かれることになったのか、
そのあたりからお話をうかがってみました。

「そもそもですか?
 う〜ん、なんででしょうねえ‥‥
 ほぼ日さんでエッセイを書くことになったのも、
 8年前に糸井さんから『何か書きませんか』って
 おっしゃっていただいて『あ、はい』と(笑)。
 エッセイなんて書いたことなかったんですよ。
 でも、やりはじめたら面白くて、
 いろいろとアイデアも浮かんだりして、
 メリットとかデメリットではなくて、
 有意義なことができているなあと思ってたんです。
 で、そしたら今度は徳間書店のかたから
 『小説を書いてみませんか』って言われて、
 『あ、はい』と(笑)。
 わりと運命論者なので、声をかけてもらえたことで
 何かあるのかな、と思うほうなんです。
 たぶん有意義なことになるだろうと。
 とはいうものの、小説ですからね、
 ほんとに書けるかどうか心配ですよ。
 そしたら知り合いの作家さんがこんなこと言うんです。
 『いやあ、小説なんかね、編集の人と1年くらい
  飲んだり食ったりしてればできちゃうよ』って。
 これが頭の8割くらいを占めちゃいましてね(笑)。
 ところが世の中そう甘くはなくて、
 編集者のひとと何度か食事には行きましたけど、
 気がついたら『締め切りが』って言われてるんです。
 汗がタラーですよ。
 まず、おもむろに電卓を取り出しまして、
 ぜんぶのページ数を入れてみました。
 それから「÷」を押し、締め切りまでの日数を入れて
 「=」を押したら‥‥「5」って出た。
 1日に5ページ?
 これはいったいどういうことかな?
 と思いながら仕事で地方に行って帰ってくると、
 今度はこれが「10」になってる(笑)。
 これはまずい! と。
 さすがにがんばりまして、10を7にして、
 7を5にして‥‥。電卓ばっかりいじってました。
 だから、もうほんとに、
 これは電卓が書かせてくれた小説なんです(笑)。

 内容は、単純にいうと4年間のお話です。
 大学1年生から4年間。
 大学に入って、マジックのサークルに入って、
 2年、3年とがんばっていろんなマジックをやったり、
 様々な経験を経て、いよいよ卒業の時期になって、
 「こんなことやってる場合じゃないよな」
 「でも普通になっちゃったら終わりだよ」
 「とはいえプロになるのは厳しいぞ」
 「俺、銀行に行くわ」
 「でもなあ‥‥」
 「おまえ、食えなくなるぞ」
 さあどうする? という‥‥。
 そのあたりの話を重たくならないように、
 青春小説として軽やかに書いたつもりです。
 
 ぼくも大学の研究会にいたんで実体験はあるんですが
 これは自伝ではありません。
 フィクションですよ、フィクション。
 実在するマジシャンを連想させる登場人物が
 出てくるかもしれませんが、
 実在するかたとは一切関係ありません、
 ということでたのしんでいただければと思います(笑)。

 あとはそうですね、
 マジックのタネ明かしも、ちょっとしてるんです。
 この本の場合、
 それはもう言っちゃったほうがいいと思ったので。
 マジックの裏側はある程度みせてしまって、
 いたずらに謎を印象に残したりしないで、
 人々の心の動きを読み進んでもらいたいと。
 “マジックの小説”と聞くと、
 ミステリとか推理小説? と思うでしょ?
 でもほら、ぼくはマジックが得意ではないので(笑)。
 一冊の青春小説として、ご愛読いただけると幸いです」

 
2008-07-18-FRI
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