あのひとの本棚。
     
第30回 三木聡さんの本棚。
   
  テーマ 「無責任な5冊」  
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今回撮影した映画『インスタント沼』では、
役者のみなさんに演じてもらいつつ、
役に対しての無責任さを求めたんですね。
そういった、どこか自分のことに対して無責任になれる
ある種の無欲さみたいなものって
人生において必要なんじゃないかって思うんです。
というわけで、無責任さを感じられる5冊を選びました。
   
 
 

『ラスベガス★71』
ハンター・S・
トンプソン

 

『しゃぶりつくせ!ブコウスキー・ブック』
ジム・クリスティ

 

『ケキャール社
顛末記』
逆柱いみり

 

『メランコリア-知の翼-アンゼルム・キーファー』
アンゼルム・キーファー

 

『インスタント沼』小説編
三木聡

 
           
 
   
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5冊目は、すいません自分の作品です(笑)。
映画の原作という形で
クランクアップして映画が全部できてから
クールダウンしたのちに書きました。
文章という利点を活かして、
登場人物の心情を深くまで書き込みましたね。
文章ならいくらでも書けますから。
だから、映画にない部分がかなり出てきます。
あれも書きたい、これも書きたいと
いろいろ書いてたら380ページにもなっちゃいました。
角川の編集者の方にせかされながらですけど(笑)。



以前、『図鑑に載ってない虫』のときに
原作本を書いてるんで、
そのときと同じような形で書いたんです。
文章なら「この描写、実際どう撮るのよ???」とか
考えなくていいわけですからね。
文章では映画以上に無責任になれるじゃないですか。
「アリ1万匹」出したければ
「アリが1万匹」って書けばいいわけです。
でも、実際に1万匹撮るとなったら、
どれだけ大変かってことはよく知ってますから。
その意味で文章の自由さみたいなことを
無責任にやらせていただいたというのはありますよね。

あと、『ケキャール社顛末記』の逆柱いみりさんに
手がけていただきました表紙にも
ぜひ注目してみてください!

   
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アンゼルム・キーファーというアーティストの写真集で
'90年代にこの方の作品の展覧会が日本に来たんですね。
それがとっても興味深かったんですよ。
オブジェや絵が展示してあるんですが、
その作品から感じられるエネルギーがスゴイんです。
たとえば、鉛で作られたジェット機の噴出口から
人間の髪の毛が出てる、というような
オブジェが展示されていたのですが、
無機質な鉄や鉛のようなものを、
人間の髪の毛と組み合わせることで
髪の毛が持っているエネルギーや質感を
うまく引き出すことに成功してるんですね。
しかもメッセージ性があるんです。
多分、作者の方は年代的にも戦争によるひどい情景を
ご覧になったんだと思います。
それは作品から感じられる虚無感が物語っていて、
しかも僕はそこにギャグにも似たものを感じ取ったんです。



アゴタ・クリストフの小説『悪童日記』は
東欧の悲惨な状況に生きる子どもの話なんですが、
そこからもギャグに近い虚無感を感じたんです。
笑えるという感覚は人によって違うと思いますが、
ある種、極限までいってしまうと、
笑い域に達してしまうんじゃないかな。
それで、ある人が
「日本の戦後に優れた喜劇映画が多かったのは、
 極限にまで悲惨な状況を体験したことが
 ある種の突破口を求めて
 「笑い」という方向に向かったために、
 そういうエネルギーがあったんじゃないか」
っておっしゃってたことを思い出しました。

このあいだ、ワシントンで
僕の映画を上映してくれる機会がありまして
ワシントンの博物館に行ったときに、
キーファーの展示がしてあったんです。
久々に生でキーファーの作品を見たんですけど、
やっぱりその存在感はバツグンでした。
外国の方は鉄とか金属に対する感覚が
日本人より優れてるんじゃないかな?
木や布、紙よりも
金属に親しんでる強さみたいなことを感じましたね。

スイスのアーティストが作った、
ガソリンが倒れて火が移って、その火がお湯を沸かして、
やかんから‥‥みたいな物の連続をずっと追ってる
『事の次第』という名作があるんですけど、
それもやっぱり質感が抜群なんですね。
日本だときれいに作っちゃったりするじゃないですか。
木でかわいくポップに作ったりして。
そうじゃなくて、ボロボロの金属片が倒れてったりという、
その物の質に対する感覚を
うまく表現する能力ってスゴイなと思うんですよね。

   
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逆柱いみりさんは僕が好きなマンガ家で、
あんまりにも好きすぎて小説版『インスタント沼』で
表紙をお願いしちゃったほど(笑)。
松尾スズキさんの『キレイ』というミュージカルで
舞台セットのデザインなんかも手がけられている方です。
松尾さんも多分、逆柱さんのマンガが好きで
オファーをしたんじゃないかな?

内容は、ある会社がつぶれて、社長である猫と女性が
債権者から逃げるべくインドに逃げるというマンガです。
ストーリーそのものは
追われてインドに行くっていうものなんですが、
途中途中ですごく変なエピソードがある
ロードムービー的な逃走記だと言えますね。
いちばん魅力なのはその絵で、
アジアチックなドロドロしたものを
緻密かつ魅力的な絵で表現してあるんです。



ある種、社会という束縛から逃れて、
理想の国インドに行こうっていう
もう、まさに「ダメ」な感じの展開なんですね。
それでいて、逃げていく先が
もうありえないほどのアジア的なカオスの世界なんです。
会社が倒産して、逃げること自体が
もう無責任と言えますよね。
しかも何かしっかりとしたビジョンがあるわけでもなく、
「インドに着いたらなんとかなるさ」くらいにしか
思ってないんです。

僕も脚本で煮詰まったりすると、
必ずこの『ケキャール社顛末記』を読んじゃうんですよ。
脚本を書かなくちゃいけない、という
ルールに束縛されたなかで、
作品の中の主人公たちが繰り広げる反社会的行為に
憧れを抱いちゃうんでしょうね。

   
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ブコウスキーはアメリカの有名な詩人。
この人はビートニクスで知られる
アレン・ギンスバーグとかと同じ時代の人なんです。
かといって僕自身、
ブコウスキーの詩はそれほど読みません。
この人の生活のメチャクチャぶりに興味がありまして(笑)。
とにかくこの人は自由奔放という言葉がぴったりな人で、
奥さんが何人も変わったり、身勝手でわがままで酒浸り、
ファンの女の子に手を出す、といった
やりたい放題な人なんです。
この本はそんなブコウスキーの悪行日記みたいなもの。
たとえば、愛人と撮ったヌード写真を
奥さんに破られるとか、そういうことが書いてあります。

ブコウスキー自身はハチャメチャな生活なんですが、
この人の純粋ぶりも垣間見られるわけです。
そうはいってもその悪行から
反社会的な人間と思われるわけですよね。
ある種、自由になれない自分へのアンチテーゼから
こういう行動に及ぶんじゃないか、と思えるんですよね。



かくいう僕も映画監督などという職業ですが、
毎朝撮影するために午前6、7時に
キチンと待ち合わせ場所に行くわけですよ。
「あれ? なんで俺、
 こんなにキチンとしてるんだろう」って(笑)。
そういうキチンとしたことがイヤで、
こういうこと始めたはずなのに、
なんとなくちゃんとした人になってないか? って
自問自答しちゃうんですよね。
ある意味、ブコウスキーの気持ちが
ちょっとだけわかるんですよ(笑)。
こういう本を読むと、自分が知らないうちに
規律やシステムみたいなものに巻き込まれちゃって
不幸になっているっていうことに気づかされます。
よく若い学生さんたちの自主映画を観る機会が
あったりするんですが、手法はメチャクチャなんだけど
自由であることにドキっとするわけです。
逆に、手法はよくできているんだけど、
何かお約束的なことに束縛されていて
つまんない作品もあるんですね。
どっちがインパクトあるかと聞かれれば、
手法はよくわかってないけど、何かをやろうとしている
バカバカしい純粋さみたいなものがあるほうでしょうね。

じつは、ブコウスキー自身の半生を描いた
『オールドパンク』というドキュメンタリーがあるんです。
最近の作品なのでこの本を読んだあとに観たんですが、
やっぱりおもしろかったです。
酒飲みながら詩の朗読会をやるんですが、
もうベロベロ(笑)。
そういうところも含めて、やっぱり人間的な魅力が
ギュッと詰まった人だって再認識しましたね。

   
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この人は、最近はわりとよく見かけるようになった
「ゴンゾー・ジャーナリズム」、
わりとヤバめな世界に潜入していって
自分で体験したレポートを書く、というものの
先駆け的存在です。
'70年代の初頭にオートバイレースの取材という名目で
ラスベガスを訪れるわけですが、実際はレースそっちのけで
自分たちがやりたい放題にやった体験記なんですよ。
ドラッグをキメまくって、
ホテルをめちゃくちゃにするとか(笑)。



この作品以前に、カルロス・カスタネダという民俗学者が
ペヨーテというサボテンの一種から摂取できる
幻覚剤メスカリンの体験記を書いていまして。
ヒッピームーブメントにおけるバイブル的な1冊なんです。
そういった意味でも、ゴンゾー・ジャーナリズムには
ヒッピーイズムからの流れがあるのは確かだと思います。

でも、こういった人って、
ドラッグの摂取だったりホテルをめちゃくちゃにしたりと
社会に対しての責任をあまり‥‥とってないですよね?
別に薬物の摂取を肯定するとかいうわけではないんだけど、
この本を読んでいると、
社会に対して従属しなくちゃいけない、ということが
そんなに大事なのか、と感じさせられます。
「人生の目的を持ちなさい」とかよく言うけど、
真理を突き詰めていくと、そんなものないんですよ。
まぁ、唯一あるとすれば、
生物として「子孫を残す」なんでしょうけど。

この本のなかでは、すべてが「無駄」なことばかりで、
社会的にやらなくてはいけないことなんか
一切やってないわけです。
でも、それが人間なんですよね。
無駄な動きのほうが、人間性が出るみたいなところ
あるわけじゃないですか。
薬物がもたらす害とか、反社会的な行為とか、
「悪」と呼ばれる部分はあるでしょうけど、
それを除いても、この「自由さ」は読んでてうれしい。
スカっとしますよ。

あ、そうそう。
この作品はテリー・ギリアムが
原題が『Fear and Loathing in Las Vegas』、
邦題が『ラスベガスをやっつけろ』という
タイトルで映画化してます。
似たタイトルで『ラスベガスをぶっつぶせ』という
作品がありますが、こちらではないのでご注意を。

 

テレビのバラエティ番組を手がけたのち、
ドラマ『時効警察』、さらには映画『イン・ザ・プール』、
『亀は意外と速く泳ぐ』、『図鑑に載ってない虫』などの
監督を手がけた三木聡さん。
その最新作である『インスタント沼』が
5月23日土曜日から、テアトル新宿、渋谷HUMAXシネマほか
全国で公開となります。
主演は『時効警察』でお馴染み麻生久美子さん。
さらに風間杜夫さん、加瀬亮さんなど
個性豊かな面々が脇を固めます。
麻生さんのキュートさはもちろんのこと、
風間さん、加瀬さんが演じる役が、これまたスゴイんです。




(C)2009「インスタント沼」フィルムパートナーズ

脚本・監督:三木聡
出演:麻生久美子 風間杜夫 加瀬亮 松坂慶子
   相田翔子 笹野高史 ふせえり 白石美帆

仕事も恋愛もうまくいかなくなった
麻生さん演じるジリ貧OLの沈丁花ハナメが
不思議な沼を通じて、幸せになっていく
とっても奇妙でとってもおかしな映画です。
「え? 沼?」とお思いでしょうが、
物語のカギを握るのは間違いなく「沼」なんです。
三木さん、こんな不思議な映画のアイデアは
いったいどこから出てきたんですか?

「いまはもう移転しちゃったんですが、
 昔、テレビ朝日って材木町という場所にあったんです。
 その近くにニッカ池と呼ばれる池がありまして、
 バラエティ番組でその池を移動する、
 という企画を考えたんですね。
 『池を乾かして泥にしたのち、
  運んでまた水を入れる』方法でいけるんじゃないかと。
 そのアイデアが根底にありましたね」。

‥‥すごいところから企画が始まったんですね。
そんな内容をすごくすばらしいキャストの面々が
演じられていますよね。

「今回の現場は、
 あらかじめイメージを固めてきて、そのとおりに演じる、
 というわけじゃなく、その場で起こったことに
 いちいち反応しながら演じるような
 フレキシブルさが求められたんです。
 そういうことをキチンとやりきれる女優さんって
 そんなにいっぱいはいらっしゃらない。
 そして、ある程度の年齢、ならびに演技力の高さも必要。
 そういういろいろな要素を考えると
 主演は麻生くん以外考えられなくて。
 ラッシュ(荒い編集を施した状態)を見終わったときに
 『あぁ、やっぱり沈丁花ハナメは
  麻生くんにしかできないな』って思いました。

 役者だって人間だから、表現欲が前面に
 ググッと現れることだってあるんでしょうけど、
 表現してないような顔で演じることが必要なときもある。
 まさに、そのときというのが、
 こういうよくわからない喜劇を演じるときで、
 芝居に対して無責任になれる無欲さが必要なんです。
 彼女はそれをやってくれたんですね。
 すごく大変だったと思いますよ。

 加瀬さんは、あれだけフラットな立ちかたを
 無防備な状態でできる役者さんも希有ですよね。
 ハナメのハイテンションな感情に対して
 何も考えていないような顔をして、
 客観的な位置に居続けるという立場なんです。
 もともとはなんのハナメと関係のない人物ですからね。
 あんなすごいパンクスの格好をしている人物が、
 たまたま、居ちゃっただけですから。



 でもね、『俺、ただ居るだけじゃないか』っていうことに
 フラストレーションを感じる役者さんもいるんです。
 僕はただ居ることに徹せられるのも
 役者の技術とセンスが大きく関わってくると思ってて、
 その点で、加瀬さんはバツグンでした。
 ぜんぜん、平気なんですよ。
 それこそビックリするくらい平気でしたね。

 それとみなさんが衝撃的だと感じられる
 ハナメの実の父親かもしれない男
 「電球」役の風間杜夫さん。 



 基本的に、この映画は、
 電球の意味のない高めのテンションにハナメが
 変な高揚感を覚えていくっていう映画なんですけど、
 無理矢理なテンションからの高揚感を表現できるのって
 多分、日本ではこの人しかいないと思ってます。
 つかこうへいさんの『蒲田行進曲』のときから
 そういう高いテンションのイメージはあったんですね。
 で、風間さんのいまのお芝居ってどんな感じ? と思って
 まずは舞台を観させていただいたんです。
 やっぱりね、体のキレと
 セリフのテンションがバツグンなんですよ。
 それでぜひお願いしたいと思いました。
 
 スゴイ髪型もこのために剃っていただきました。
 名誉のために言っておきますが、
 風間さん、ちゃんと髪の毛ありますからね(笑)。
 
 そういう役者のみなさんのお芝居のおもしろさ、
 並びに最後の仕掛けのバカバカしさを
 存分に楽しんでいただいて、
 見終わって映画館を出るときに
 『まぁ、とりあえず大抵のことはなんとかなるな』
 というようなことを思っていただければ本望ですね。
 


 今の世の中、いろいろなことを
 深刻に考えすぎなんじゃないかって思うんです。
 不況だとか、仕事がないとかっていう話をしてるけど、
 仕事がないほうがいいこともあるわけです。
 社会の構造というか仕組みが
 何か物を買わなくちゃいけないという
 システムによって成り立っているから
 どうしてもそういうことを言いがちですが、
 人生ってそれだけではないと思うんですよね」。

三木さん、楽しいお話をありがとうございました。
果たして最後のバカバカしい仕掛けとは何なのか?
それはぜひ、映画館に足を運んで、
あなたの目で確認してみてくださいね。

 

2009-05-22-FRI

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