あのひとの本棚。
     
第15回 中村義洋さんの本棚。
   
  テーマ 「1年に1度は読み直す5冊」  
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ぼくの部屋には何度も読み返す本だけを
並べている場所があるんです。
いろいろと読んでは、おもしろかったものだけを
すこしずつそこに足していく。
「殿堂入り」みたいなコーナーですね(笑)。
そんななかでも特に繰り返して読むもの、
年に1回以上は必ず手にする本を5冊、選んできました。
   
 
 

『「マルサの女」日記』
伊丹十三

  『恩讐の彼方に/忠直卿行状記』
菊池寛
  『小僧の神様/
城の崎にて』
志賀直哉
  『地の星』
宮本輝
 

『人の砂漠』
沢木耕太郎

 
           
 
   
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  『人の砂漠』 沢木耕太郎 新潮社/740円(税込)
 
これは‥‥説明しづらいんですよ。
そもそもこれを選んでいいものかと思ったんですが、
まちがいなく、繰り返し読んでいるので‥‥。
正直にお話しようと思います。



残酷なんです。
ギリギリですね。ギリギリの話がたくさん‥‥
いや、もう、ギリギリのラインもこえてるかもしれない。
沢木耕太郎さんの、ルポルタージュです。
つまりノンフィクション、事実が記された本です。

残酷な事実が8編、これでもかと並べられている。
元売春婦たちの養護施設に取材した話とか‥‥。
アパートの一室で餓死したおばあさんの話などは、
ほんとうに壮絶で‥‥。
そのアパートの布団の中から、ミイラが見つかるんです。
おばあさんはミイラと暮らしていたんですね。
亡くなったおばあちゃん、もともとは歯科医なんだけど
技術が古くてどの病院でも厄介払いされるんです。
一緒に暮らす兄妹をつれて
転々とするうちにお金はなくなる。
それでもプライドが高いから他人のほどこしは受けない。
やがてお兄さんが亡くなり、ミイラ化してしまいます。
‥‥日記をね、家計簿に書いてるんですよ。
一円単位でつけられた家計簿自体が、
ものすごく壮絶で‥‥。
日記はときどき外国語で書かれていたそうです。
歯科医としてのプライドが、しみこんでいる。
ほどこしは受けない‥‥。

「事実」の迫力です。
「事実」の重さと怖さを、
きちんと感じ取れる本だと、ぼくは思っています。

すごいのは、沢木耕太郎さんの視点ですね。
どこに視点を持つかということで、
壮絶なノンフィクションが
ただ残酷なだけのものではなくなっている。
その意味では、自分の仕事に
何らかの影響を与えているのかもしれません。

ぼく自身は繰り返し読んでいますが、
軽々しくはおすすめできない一冊です。
その点ご理解のうえ、手に取ってみてください。

   
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  『地の星』 宮本輝 新潮社/740円(税込)
 
これはもう、
ストーリーテリングな一冊ですね。
脚本を書くときも、監督としても、
ものすごく参考になった本です。

注意していただきたいのは、
この本は『流転の海』という壮大なシリーズの
第二部なんです。
現在はたしか、第五部まで出てるのかな。
ですから、読むのであれば
第一部から読むべきでしょうね。

ぼくはこの第二部がとにかくすごいと思っていて、
ここだけを何度も何度も、
それこそ年に1回は必ず読んでいるんです。
いや、もっと読んでるかもしれません。

宮本輝さんの自伝に近い小説で、
お父さんが主人公なんですよ。
それがものすごい強烈なキャラクターのお父さんで、
第一部の場所は大阪かな。
お父さんの会社がもう傾きだしてるところから
第一部がはじまるんです。
戦後すぐのころで、戦前はすごかったのに
戦争終わったら、誰もついてこなくなるという。
お父さんは50歳なんだけど、
50歳で初めて子どもができるんですよ。
それが“のぶちゃん”といって、
宮本輝さんのことなんでしょうね。

そして第二部、
舞台は大阪から四国の田舎に移ります。
お父さんはそこでカマボコ工場をつくろうとしたり、
村会議員とか、政治に乗り出したり。
ファミリーが面白いんですよ、家族が。
ほかにもいろんなキャラクターがからんできて
様々な出来事が重層的に起きるので、
いわゆる群像劇ですね、かたちとしては。
そこで起きるドラマが‥‥強烈なんですよ。
静かなんだけど、鮮烈なドラマ。
印象的なエピソードが積み重なっていく。



伏線の置きかたとか、
さりげなく登場させた人物を
大きく展開させていく流れとか、勉強になりました。
物語をかぶせにかぶせて話が進むので、
「面白いなあ」と思っているうちに
いつも読み終わってしまうんですが、
毎回「あ、これはこういうことだったのか」
っていう発見があるんです。

物語をみっちり味わいたいかたに、
おすすめの一冊ですね。

   
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  『小僧の神様/城の崎にて』 志賀直哉 新潮社/500円(税込)
 
志賀直哉の短編集です。
このなかの『小僧の神様』っていう話が‥‥。
泣いちゃうんですよ。
何度読んでも、読むたびに、泣いてしまう。
もう、ぼろぼろ泣きますね。

短い話なんです。
せっかく取材に来ていただいたんで、
お話しますとですね、
はかり売り‥‥体重計とかね、
そういうものを売っている店の小僧さんが主人公なんです。
その小僧さんがある日おつかいの途中で、
つい、屋台のお寿司屋さんに入っちゃう。
憧れていたんです、小僧さんはお寿司屋さんに。
でも、入ったはいいけれど、
お金はないし、それどころか緊張して何も言えない。
するとそこに‥‥。



(何度も読んでいる中村監督は、この物語を最後まで
 細かい描写もまじえて話してくださいました)

いまこうやって自分で話しててもね、
ぐっときてしまうんですよ(笑)。
志賀直哉の作品では『清兵衛と瓢箪』も、
これがまた同じように泣けるんです。
その話はですね‥‥

(中村監督は『清兵衛と瓢箪』のストーリーも
 最後まで話してくださいました)

どうしてこんなに泣けるのか‥‥。
なんでだろう‥‥やっぱり、
誰かのことを「想う」ということや、
「信じる」ことが描かれているからでしょうかね。
読んでもらえば、わかると思うんですが‥‥。

こういう本を、知り合ったばかりの人に
「ちょっと読んでみて」と言って渡すんですよ。
で、反応をみるんです。
「小僧の神様がよかった」と言われれば、
「ああ、この人とはわかり合える」と思える(笑)。
人間関係をおしはかる基準になるんです。
素敵だと思った女性に渡したこともありましたよ。
まあ、まったく何の反応もなかったんですけど(笑)。

   
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  『恩讐の彼方に/忠直卿行状記』 菊池寛 岩波書店/525円(税込)
 
菊池寛の短編集ですね。
これに入っている話は、ぜんぶ好きです。
どれも読み返してますよ、何度も。

そもそもは、中学生だったか高校生のころだったか、
『忠直卿行状記』を読もうと思って買ったんです。
そしたら、ほかもすごく面白かった。

映画でも小説でも、
どういうところにドラマがあるかというと、
「人がどう変わるか」だと思うんですよ。
この短編集の作品は、そこがどれもすごい。
『恩讐の彼方に』は菊池寛の代表作で、
これも「人が変わる」話ですけど、
いちばん好きなのは‥‥『俊寛(しゅんかん)』かな。

俊寛は平安時代の僧侶で、
史実をもとに書かれた物語なんです。
史実としては、
「俊寛と、ふたりの貴族の3人が、
 革命をくわだてた罪で島に流される。
 しばらくして恩赦が出て、島に船が来るが、
 俊寛だけが乗せてもらえない。
 絶望して悲嘆に暮れたあげく、俊寛は自害してしまう」
と、たしかそんな事件だったと思います。



菊池寛が書いた『俊寛』のすばらしいところは、
俊寛ひとりが島に残されたところから、
『キャスト・アウェイ』になっていくんですよ。
島で生き抜いていくために、変わるんです。
裕福なお坊さんで何もできない俊寛が、
水を飲むためにヤシの実を落として、
魚を釣って食べる喜びや、武器を作る工夫を知って、
暮らすための小屋まで建てて、
どんどん筋骨りゅうりゅうになっていくんです。
物語がそっちにいっちゃう(笑)。
さらに、島の裏には村があって、
俊寛はそこの娘と恋に落ちて、村と戦争になるんです。
ひとりで村に立ち向かい、それも戦い抜いて‥‥(笑)。
もう、すごいでしょう?
史実から先は、完全なオリジナルなわけです。

「人が変わる」ことでドラマが生まれる。
それを強く再認識させてくれる一冊ですね。

   
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  『「マルサの女」日記』
 
撮影に入る前は、これを読むんですよ。
いや、撮影中に読んでいることもありますね。
ぼくにとっては原点のような一冊です。

高校3年のときに『マルサの女』をテレビで観て、
志望校がぜんぶ映画がらみの大学になっちゃったんです。
ですから、ぼくにとってはまず、
伊丹十三監督の「マルサの女」という映画が、
大きな1本としてあります。
その映画の、制作過程のほぼすべてが、
この本に記録されているんです。
最初の発想から、税務署の人に取材したこと、
そこから撮影をして、最後の仕上げまで。

実は、この世界に入って助監督を1年半やったころに、
もう助監督をやめようとしたことがあるんですよ。
お世話になったチーフ助監督にあいさつにいったんです。
そしたら、
「わかった。でも、次、伊丹組だよ」
と言われて、あわてて、
「それをやってから、やめます」って(笑)。



『スーパーの女』という映画で
はじめて伊丹作品の助監督をやらせてもらいました。
緊張しましたねえ。
伊丹さんとは仕事のことしかお話はしてないんです。
私語をかわすようなことはなくて。
でも、いろいろなことを教わりました。
けっきょく今もこうして映画を続けているわけですし。

自分自身の映画の撮りかたは、
伊丹さんとはだいぶ違ったものになってきたんですけど、
何て言うんでしょう‥‥精神の部分かな。
監督としてのありかたとか、考えかたとか。
この本を開くと、そこここに、
そこを刺激する、いいことが書かれてるんですよ。
映画を撮るときの、
きもちにノリを与えてくれるんです。

いちばん読み返した本ですし、
これからもきっと、何度も読み直すんでしょうねえ。

 
中村義洋さんの近況

「ほぼ日」にとって、中村義洋さんといえば、
『アヒルと鴨のコインロッカー』を撮った監督です。
糸井重里に「これ、おもしろいよぉ」とすすめられ、
何名かの乗組員で感激した様子は
「われら、ほぼ日感激団。」でご覧いただけますので、
未読のかたはぜひお読みくださいませ。
あ、でもしかし、ご注意を!
『アヒルと鴨のコインロッカー』を
まだご覧になっていないかたにとっては、
いわゆるネタバレになってしまうコンテンツですので、
DVDを観てから「感激団。」を読んでくださいね。

そんな中村監督の最新作が、
7月19日から劇場公開されています!





(c)2008『ジャージの二人』製作委員会

脚本・監督:中村義洋
原作:長嶋有「ジャージの二人」(集英社刊)
主題歌:HALCALI「伝説の2人」(フォーライフ ミュージックエンタテイメント)
出演:堺雅人 鮎川誠(シーナ&ロケッツ)
   水野美紀 田中あさみ ダンカン 大楠道代

7月19日より、
恵比寿ガーデンシネマ角川シネマ新宿
銀座テアトルシネマ、他にて
全国順次ロードショー!

作品のついての詳しくは
『ジャージの二人』公式ホームページでどうぞ!

さあ、いかがでしょう?!
主演は「ほぼ日」とご縁が深い、堺雅人さんですよ!
堺さんには以前ここでも、
「酩酊状態で読む5冊」というテーマで
興味深い本をご紹介いただきました。
この映画では、堺さん、
シーナ&ロケッツ・鮎川誠さん
息子の役を演じられているとか。
そして、主題歌を歌うHALCALIのおふたりには、
「谷川俊太郎質問箱」にご登場いただいています。

ジャージ姿で並ぶ、
父と息子のこの写真だけでも、
ある種のインパクトを感じますよね。
いったいどんなお話なんでしょう?
見どころをふくめて監督にお話をうかがってみました。
やはり『アヒルと鴨のコインロッカー』みたいな‥‥?



「あの映画(アヒルと鴨のコインロッカー)とは、
 まったく逆の作品なんです。
 はっきり答えが出るというよりは、
 足りない部分をお客さんに想像してもらうような。
 長嶋有さんの小説が原作なんですけど、
 あまり何も起こらない話なんです。
 会社を辞めた32歳の息子と、カメラマンの父が、
 北軽井沢の別荘で、流れる時間にただ身をゆだねている。
 ふたりとも、なぜか古着のジャージ姿で(笑)。


(c)2008『ジャージの二人』製作委員会

 ふたりともそれぞれ抱える悩みはあるんですけど、
 そういう大事なことを、
 この親子は語り合ったりはしないんです。
 でもここちよい関係にあるという、
 そのリアルな距離感を描ければと思いました。
 原作の小説も、そういう微妙な心のさざ波や、
 余韻が魅力だったので。

 『アヒルと鴨』を撮ったあと、
 この作品はもうできないと思ったんです。
 とにかく『アヒルと鴨』のときは、
 きもちが熱くなってたんで。
 あれは熱くないと撮れない映画でした。
 何カ月かして、きもちがやっと冷めてきて、
 あらためてこの脚本を読んで、
 「ああ、やっぱり面白いよな」と思えたんです。

 堺雅人さんは、ほんとうに上手い俳優さんでしたね。
 やってもらう前からハマる役だろうとは思ってましたが、
 考えていた以上に揺るぎのない演技でした。
 すごく助かりましたよ。



(c)2008『ジャージの二人』製作委員会

 父親役の鮎川誠さんは、
 とにかくあの素材が、存在感がほしかったんですよ。
 サービス精神が旺盛なかたなので、
 最初はちょっと芝居が大きくなりがちだったんです。
 「もっと抑えて、普通にただ、いていただければ」
 とお願いしたら、こちらの意図をすぐ理解してもらえて、
 それからは鮎川さん自身も、
 「この親父は、ここではこうするのが自然だろう」
 とやってくれるようになって、
 それがまた素敵だったんで、うれしかったですねえ。
 
 水野美紀さん、田中あさみさん、
 ダンカンさん、大楠道代さん、
 みなさんほんとに的確な芝居をしてくれました。
 けっこう難易度の高いことを要求したはずなんですが、
 どの役者さんものびのびと自然にやってくれて。



(c)2008『ジャージの二人』製作委員会

 この映画の見どころは、そうですねえ‥‥
 見終わってから考えてほしい、ということですかね。
 答えの半分をお客さんに渡している映画なんです。
 あとは、
 睡眠時間をたっぷり取ってから観てほしいと(笑)。
 派手な事件が次々に、という感じではないので。
 体調を万全にして、劇場へお越しください」

 
2008-07-27-SUN
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