あのひとの本棚。
     
第17回 佐々部清さんの本棚。
   
  テーマ 「映画につながる5冊」  
ゲストの近況はこちら
 
おすすめの本を5冊ということで、
まずはテーマを考えずに選んでみたんですが、
並べてみたら、やっぱり職業柄か、
それは映画にむすびついていく本ばかりでした。
若いころに読んだものから、
大人になって影響を受けたものまで、
自分を映画の世界へみちびいてくれた5冊を紹介します。
   
 
 

『竜馬がゆく』
司馬遼太郎

 

『朗読者』
ベルンハルト
シュリンク

 

『フリッカー、
あるいは
映画の魔』
セオドア
ローザック

  『活動写真の女』
浅田次郎
 

『半落ち』
横山秀夫

 
           
 
   
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  『半落ち』  横山秀夫 講談社/620円(税込)
 
横山秀夫さんの、ぼくは大ファンで。
作品のほとんどを読んでいると思います。
いつも泣かされ、
いつも考えさせられてきた作家さんです。
短編小説の名手という印象があったのですが、
ある日、この『半落ち』という長編が出版されて、
当然読んでみたら、これがまたおもしろくて。
短編を連作のように並べることで、
横山さんの持ち味がいかされたまま
長編小説ができているあたりは、みごとだと思いました。



この本を読んだのは、
ぼくが監督としてデビューしてから1年後のことです。
これを読み終わって間もなく、
たまたま映画会社から声がかかりました。
「大人の映画を撮るチャンスを
 もう1回だけ与えるけど、どうだ」
ぼくは『半落ち』をやりたいと即答しました。
そしたらこれがまた、映画会社でも
たまたま『半落ち』の映画化を検討中だったそうで。
「じゃあ、佐々部に撮らせるか」と。
‥‥タイミングですよね。
この小説とは、一期一会の
出会いのタイミングがほんとによかったんだと思います。

実際に撮ってみて、
『半落ち』は映画化するたのしみが大きい小説でした。
余白が残されているというか‥‥。
ディテールがびっちりと描かれている小説の場合は、
映像化するとき、その描写を追いかけていくような
撮りかたになってしまうんですよ。
‥‥こういう言いかたは横山さんに失礼かもしれませんが、
「小説がパーフェクトすぎちゃうと、
 映像化することに果たして意味があるのか?」
と思ってしまうんです。
その点『半落ち』には、
男同士がだらだらと会話するような場面があったりして。
ぼくはそういうほうが撮りたいですし、
映画で観たいとも思えるんです。



あと、これも怒られそうなことなんですが、
小説の『半落ち』を読んだとき、すごいと思いつつ、
腑に落ちないところも実はすこし、あったんですね。
まさしくぼく自身が「半落ち」で(笑)。
「半落ち」っていうのは警察用語で、
容疑者が犯罪を部分的に認めている状態のことで、
完全に罪を認めると「完落ち」になるわけです。
だから、映画にするときには、
観客全員を「完落ち」させたい、
という気持ちがありました。

そこで、
横山秀夫さんに相談させていただいて、
映画の最後を原作とはちがうものにさせてもらったんです。
横山さんは快く受け入れてくださいました。
「原作と映画は別物ですから、佐々部さんは遠慮なく
 佐々部さんの『半落ち』を撮ってください」と。

すばらしい原作との出会い。
自分の人生を変えたともいえる一冊を、
最後に紹介させていただきました。

   
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  『活動写真の女』 浅田次郎 集英社/580円(税込)
 

やはり「映画」が大きなキーワードになっている本です。
浅田次郎さんの作品はほぼ読んでまして、
いちばん好きなのは『蒼穹の昴』という作品なのですが、
「テーマは映画」ということで、
今回は同じくらい名作のこちらを選んできました。

『活動写真の女』。
これには、泣かされました。
京都大学の学生が、
撮影所の倉庫のような場所でアルバイトをするんです。
そこで青年は、30年も前の、
無声映画時代のフィルムの中にいる
エキストラの女優さんに恋をしてしまうんです。
その女優さんが幽霊になってあらわれるのですから、
お話としてはファンタジーですよね。
でも、そのありえないはずの
幽霊と大学生の恋の物語に
ボロボロと泣かされてしまうんです。
浅田次郎さん、絶好調の泣かせどころが
ほんとにすごくて‥‥。



映画へのオマージュもいっぱい入っているので、
ぼくはとくに強く反応してしまうのでしょうけれど。

同じ浅田さん原作の
『鉄道員(ぽっぽや)』という映画で
ぼくは助監督をやらせていただいたんですよ。
もし自分に浅田さんの原作で監督をやらせてもらえるなら、
ぼくはこの『活動写真の女』をやりたいですね。
わりと読書はするほうで、
いろんな小説を読むんですが、
映画にしたいと思う本ってそんなにないんです。
でも、これはぜひ映像にしてみたい。
ビデオじゃなく、フィルムで。
フィルムであることに大きな意味がありますから。
それで、でき上がった作品を
映画館で観てみたいなあと思うんです。

   
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  『フリッカー、あるいは映画の魔』 セオドア ローザック 文芸春秋/740円(税込)
 

たしか10年くらい前の『このミステリーがすごい!』で、
外国部門の1位だった小説です。
『このミステリーがすごい!』というのは、
投票で選ばれたミステリー小説を
ランキング形式で紹介するガイドブックですね。

フリッカーというのは、映画のフィルムが
サーッと動くときにチカチカ点滅する光のことで、
タイトルにも“映画の魔”っていうことばもあるし、
『このミステリーがすごい!』では1位だし、
気になったので読んでみたんです。

映画好きにとっては、こよなく愛すべき本でした。
いろんな映画へのオマージュであったり、
楽屋裏の話であったり、
そういうエピソードがたくさんつまっているんです。

ストーリーをざっくり言いますと、
UCLAの映画科の学生が主人公で、
その学生がヨーロッパでは巨匠と呼ばれる監督の
ファンになるんですね。
ところがその監督は、
アメリカではなぜか駄作しか撮れない。
どうしてアメリカで成功できないのかを、
主人公の学生が調べはじめるうちに、
とある宗教団体に遭遇して‥‥
と、そこからミステリーになっていくのですが‥‥。

どうもぼくには、
小説としては破綻しまくっているような気がして(笑)。



いや、映画が好きならいいと思うんです。
でも普通にミステリーを読もうと手にした人は、
「なんだこれ、どこに話が行っちゃうんだ?」
という印象になってしまうような‥‥
そういう本だと思います。

映画好きとか、ちょっとマニアックな人に
おすすめの本なので‥‥
紹介する5冊に入れるのはどうかと迷ったんですが、
映画屋のぼくにとっては、
やはり大切な一冊なので選びました。

いまでもずっと、
自宅の書棚のいいところにポッと、置いてるんですよね。

   
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  『朗読者』  ベルンハルト シュリンク 新潮社 /540円(税込)
 
これは、文字の読み書きができない人の話なんです。

15歳の少年が、年上の女性と恋におちて、
その相手の女性が、字が読めない。
少年は女性のために、本を朗読してあげるんですね。
基本的には、そのふたりの純愛の物語なんですが、
途中からシビアなサスペンスの要素も入り、
最後には大きなどんでん返しが待っているという、
いろいろな角度から深く味わえる一冊でした。

そもそも、なぜこの本を手にしたかというと、
本の帯に“アンソニー・ミンゲラが映画化する”
というようなことが書かれてあったからなんです。
アンソニー・ミンゲラは、
『イングリッシュ・ペイシェント』という映画の監督です。
激しい恋を描いたこの作品がぼくは大好きで、
まずはそこで興味をひかれました。
で、読んでみたら、
なるほどこの監督にぴったりのストーリーで。
よくこんな、すごい原作をみつけるものだと
感心していたのですが‥‥
ことしの3月に、そのアンソニー・ミンゲラが
54歳の若さで亡くなってしまったのです。
制作中だった映画『朗読者』の現場では、
彼自身はプロデューサーに徹していたという話を
耳にしたこともあります。
いずれにしても、アンソニー・ミンゲラが
最後に関わった映画作品になると思うので、
いまは公開される日をたのしみにしています。



この原作は、
「本を読めない人の話」を本にしているという、
その発想がすごいと思います。
また、それを映画化しようと思いついた監督の
そのアイデアも、やっぱりすごい。
映画を職業としている自分としては、
いろいろと感じ入るところの多い一冊になりました。

多くのことを考えさせられる本ですが、
ページ数自体はすくないんです。
たぶん、余分なものをそぎ落とした文章なのでしょう。
一気に読めてしまうと思いますので、
あの読後感をみなさんにも味わってほしいですね。

   
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  『竜馬がゆく』  司馬遼太郎 文藝春秋/620円(税込)
 
ぼくを読書の世界にみちびいてくれたのは、
司馬遼太郎さんの、この、あまりにも有名な物語でした。
たしか中学3年のころに読んで、
「小説っていうのはこんなにおもしろいんだ」と、
はじめて思えた本なんです。

ちょうどそのころ、ぼくは映画の世界に進みたいと
ばくぜんと思いはじめていました。
で、その、なんていうんでしょう‥‥
子どもながらに、
坂本竜馬という人物と
自分を重ね合わせていたんでしょうね。
生き様というか、こころざしというか、
竜馬の「日本のために」という気持ちと
自分の「映画のために」という気持ちが
リンクしたように感じたんだと思います。
「理想に向かってゆく竜馬の生き様は
 自分と同じじゃないか!」と(笑)。



ですから、やっぱり「気持ち」ですね、
この本から受け取ったものは。
「ストーリーはこうやって構成する」といった
テクニックの面で勉強させられたというよりは、
「強い意志」をぼくに与えたことで、
映画の世界へと向かわせてくれた一冊なんです。

たしかぜんぶで8巻まであって、長い話なんですけど、
読みはじめたらとまらないんですよ。
読書の入り口として、ほんとうに良い本だと思います。
活字に慣れることもできるし、
本そのものを好きになれる。
「若い人にどんな本をすすめますか?」
と訊かれれば、ぼくはいまだに迷わずこれを選びます。

この取材が掲載されるのは、8月ですか? 
あ、18日ですか。
じゃあ、まだ間に合うかもしれない。
まだ読んでいないかたはぜひ、
夏休みの読書として、
1巻から挑戦してみてください。

 
佐々部清さんの近況

2004年の日本アカデミー賞で、
最優秀作品賞を受賞した映画『半落ち』をはじめ、
『四日間の奇蹟』『カーテンコール』
『出口のない海』『夕凪の街 桜の国』などなど
数々の話題作を撮りつづけている佐々部監督の、
今回はふたつの映画について
おしらせしたいことがあります。

まずは、8月20日リリースの、DVDのご紹介から。

『結婚しようよ』

監督/佐々部清
出演/三宅裕司 真野響子 藤澤恵麻
   AYAKO(中丿森BAND)
発売元/ポニーキャニオン 葵プロモーション
3990円(税込)
発売日/8月20日

1972年に大ヒットした吉田拓郎さんの名曲
『結婚しようよ』と同じタイトルのこの作品では、
拓郎さんのフォークソングが、全編に渡って
なんと20曲もちりばめられているのだそうです。
映画のストーリーは、三宅裕司さん演じる父と、
真野響子さん演じるその妻、
ふたりの娘が織りなす家族の物語なのですが、
拓郎さんの曲を20曲も使うとは‥‥。
やはり佐々部監督ご自身が、
吉田拓郎さんのファンなのでしょうか?



「大ファンですね、バカがつくほどの。
 大学生のころは、神様だと思ってました。
 学生時代に自主映画をやっていたとき、
 全編に拓郎さんの曲が流れる8ミリ映画を撮りたいよなあ
 なんて、仲間とよく話していたんです。
 4畳半のアパートの鴨居のところに、
 拓郎さんのLPジャケットをバーっと並べて、
 一日中拓郎さんが流れてるという、そういう部屋で。
 ですからこの作品のオファーをもらったときは、
 もう、ぜったいに、他人にやらせるものか! と(笑)。
 
 ぼくは“家族のつながり”のようなことを
 ずっと映画のテーマにしてきました。
 この作品も、そこに変わりはありません。
 家族の物語に20の拓郎さんが流れている。
 ただ、無理やり曲を入れることはしませんでした。
 好きだからといって、
 とってつけたように曲を流すのはいやだったので。
 20曲は、ほぼすべて、シーンと歌詞が
 リンクするようにはめ込んで作っていきました。
 
 今回DVDになったのは、うれしいですね。
 何回か観ていただければ、そのたびに
 気づいてもらえることがあると思うので。
 とくに、場面と曲がどういうふうにリンクしているのか、
 そこを一曲ずつ確認してほしいです。
 あとは、よーく見ると、たとえば銭湯の煙突に
 拓郎さんの曲のタイトルが書いてあったりとか(笑)。
 そういう、拓郎さんをたのしむことを
 思い残すことなくやらせてもらいました。
 もう、ほんとうに“この監督は拓郎バカだ”って、
 そう思われたくて撮ったような映画なんです(笑)。
 
 音楽が大きな要素になっている映画なので、
 繰り返してたのしんでいただけると思います。
 よろしければ、ぜひ」

映画『結婚しようよ』のストーリーなど、
くわしくは公式HPでどうぞ!

ちなみに、特典ディスクがついた、
2枚組のDVDも同時発売になります。

『結婚しようよ 特別版』

本編ディスク+特典ディスク 2枚組
発売元/ポニーキャニオン、葵プロモーション
6090円(税込)
発売日/8月20日
【特典ディスクの内容】
・撮影日別メイキング ・完成披露試写会
・初日舞台挨拶 ・予告編集

映画『結婚しようよ』の公式HPはこちらからどうぞ!

さて、
続きましてのご紹介は、
佐々部監督の最新作、ことしの秋に公開される
この映画になります。

『三本木農業高校、馬術部』
  〜盲目の馬と少女の実話〜

監督/佐々部清
出演/長渕文音 柳葉敏郎 黒谷友香 松方弘樹

10月4日(土)丸の内TOEI他にて、
全国ロードショーされるこの作品は、
実在する青森の農業高校を舞台にした、
盲目の馬と女子高生の絆を描く物語なのだそうです。

主人公の女子高生を演じる、
長渕文音さんというかた、
この名字は、もしかして‥‥。



「長渕剛さんと志穂美悦子さんのお嬢さんです。
 これがデビュー作で初主演ですね。
 とてもいい女優さんでしたよ。
 いままでに演技の経験がないから、
 芝居のくせみたいなものがついていなくて。
 この作品は半分ドキュメンタリーみたいに
 撮りたかったので、
 彼女の真っ白な状態がぴったりだったんです。
 ただ、新人とはいえ、
 やはりあのふたりのお嬢さんでした。
 腹が据わってて、度胸がある。
 もうそれだけで十分でした。
 運動神経がものすごくいいし。
 
 ストーリーは、彼女を中心とした
 馬術部の子たちの話になっています。
 春夏秋冬、青森で1年間、
 盲目になっていく馬を世話することで、
 彼女たちがいろいろなものとぶつかりながら
 成長していく様子を描きたかったんです。
 実際に取材をしたんですが、馬術部の子たちって、
 馬に乗る時間は1日で15分くらいなんですね。
 たった15分馬にまたがるために、
 朝4時半に起きて、餌をやって、わらをかえて、
 夜10時くらいには馬房に行って世話をして‥‥。
 そういう、なんていうんでしょう、
 1日のたった15分のために、
 365日無休で馬のために費やすようなことって、
 便利なこの時代、ほとんどありませんよね。
 17とか18歳という、
 いちばん人が作られていくときに、
 そういうことを経験するのって、ひょっとしたら、
 いちばん豊かなことなんじゃないかって。
 そういうことをね、ちょっと考えてみませんか?
 という映画にしたかったんです。
 10月4日に封切りとなりますので、
 こちらもよろしければ、ぜひ」

 
2008-08-22-FRI
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