あのひとの本棚。
     
第20回 柴田理恵さんの本棚。
   
  テーマ 「ピンチはチャンスに変えられることに気づかされた5冊」  
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何か悪いことがあったり、
たいへんなことがあっても人間という生き物は
それをうまく変えていける能力があると思っています。
1度や2度の過ちなんてものは
生きてさえいれば取り戻せるんです。
ピンチはチャンスに変えられることに
気づかされた5冊の本をご紹介いたします。
   
 
 

『錦繡』
宮本輝

 

『流星ワゴン』
重松清

 

『悪女について』
有吉佐和子

 

『さぶ』
山本周五郎

 

『南の島に
雪が降る』
加東大介

 
           
 
   
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  『南の島に雪が降る』 加東大介 光文社/780円(税込)
 


この加東大介さんは沢村貞子さんの弟さんで、
戦争に行ったときの実話です。
保健兵かなんかで、ニューギニアに
戦争に行かされるんですね。
で、いよいよ日本軍がダメな雰囲気になってきて、
いろいろな部隊があるなかで、
「あそこの海岸に輸送船が来るから逃げろ」って
言われた部隊なんかもあるんですよ。
でも、残された部隊には
食べるものはないし、マラリアのような伝染病はあるし、
本当に死を待つだけしかできない。
でも死にたくないから、そこで生活を始めるんです。
家を建て、荒れ地を耕して畑を作り芋を育てる。
病気になった人を看病する。
でも、じつはそれでよかった。
逃げた人たちはマラリアと飢えで苦しんで
みんな全滅してしまったんです。
日本兵の白い骨で埋まったから
そこは「白骨街道」って呼ばれています。

で、残された人々は
なんとか生きてはいるけど希望が見えてこないんですね。
何をするか? ということになったときに
「芝居をやろう」という話になるんです。
何もない状況下のなかで、
まずは人探しから始めるわけです。
「誰かやる者はいないか?」ってね。
そうするとね、出てくるんですよ。
床屋、絵描き、和裁屋とかが。
それぞれにかつら、背景画、衣装を頼むんです。
じつは、いろいろな人材が揃ってるんです。

そもそも衣装の生地がないわけです。
で、どうするかというと落下傘を切って使うんです。
「飛行機ないのに落下傘なんか役に立たん」ってね。
花や根から色を作って背景画を描いたり、
何もない状況のなかでなんとかする工夫をしていきます。
で、なんとか芝居の形にしながら公演をしていくと
これが人気が出るんですね。
あそこでやっているという話がいろいろな隊に伝わって
わざわざ歩いてやってくるんですよ。
中には大けがをしていたり、
死にそうな人だったりする人も大勢いるんですが、
見終わって「よかった、よかった」って帰って行く。
自分たちの希望のために始めたお芝居が
みんなの希望の存在になるんです。



だから、芝居なんか、立派なものが芝居じゃない、
いい役者だけが芝居じゃないって思えるんですよ。
やっぱり寄せ集めでもいいから、
必死でやるからこそ呼ぶ感動っていうのが
あるんじゃないのかなと思える作品ですよね。

で、後日談があって、このお話に出てきた方の奥さんが、
飲み屋をやってるんですよ。
うちの佐藤(正宏)君とその飲み屋でしゃべってたら
「うちの旦那、その部隊にいたわよ」って。
「ええ~っ?」ってなって、写真出してきたの。
「これが旦那でこれが加東大介さんで」って。
で、「すごい!」って話になったんだけど、
旦那さんは死ぬまでその話をしなかったそうです。
「辛かったことを思い出すから」。

根底は戦争の話ですからね。
私も戦争を知らない世代ですから、
単純に戦争のあのさなかでも
こういういい話があったってなると、
「ああ、よかった」と思うじゃないですか。
でも、どんなにいい話だったとしても
全部戦争の話に含まれちゃうんですよね。
ピンチをチャンスに変えるというテーマで
選んだ5冊でしたが、戦争だけは別物なんですね。
戦争そのものは絶対にチャンスには変えられないんです。

   
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  『さぶ』 山本周五郎 新潮社/660円(税込)
 
主人公の栄二とさぶは職人の仲間なんです。
さぶっていうのは馬鹿なんだけど、純粋で無垢。
で、栄二は頭がよくて、覚えもよくて、しっかりしてる。
だけど、やっぱり欲っていうものがあるわけです。
それが原因で事件に巻き込まれ、
濡れ衣を着させられてしまい寄せ場送りとなってしまう。
いろいろな経験を積み重ねて、
元の場所に戻ってきたときに言うんですよ。
「俺はあのまんま仕事ができてて、目端の利いたまま、
 順風満帆に生きていたら、絶対にダメな人間になってる。
 俺はこうやって人様の裏も見て、
 そういう人生でよかった」って。
しかもさぶのことをかばいながら
いっしょに生きてきたんだけど、
もしかしてこの状況にさせたのは、さぶなんじゃないか?
と思わせる瞬間なんかもあるんです。



さぶというのはその純粋さから、
人の苦しみも自分のせいだと思ってしまう人間なんです。
たとえば友だちと走っていたら
自分が転んでしまったとします。
そのときに友だちが
「ごめんね、ごめんね。いっしょに走っててごめんね。
 オレがあそこで追い抜かなきゃよかったね、ごめんね」
みたいな感じで謝ってきたら
「おまえが悪いんだよ」っていう気持ちになったり、
逆恨みしたくなる気持ちになるでしょ?
さぶってそういう「ごめんって言い過ぎる」人なんです。
しかも頭も悪くて、タイミングも悪い。
とにかく頭にくるんですよ。
「さぶ、おまえのせいで‥‥」みたいなことを言われたら
「違うよ」って言えばいいのに「ごめん」って言っちゃう。
それでもさぶは栄二のことが大好きで
「あの人はいい人」って慕い続けるんですよ。
で、最後の最後で栄二は、
「俺は間違っていた、あのまま生きていたら
 嫌な人間になっていたし、さぶの人間としての魅力に
 気づかなかっただろう」って気づくんです。

同僚に必ずいるんです。
さぶみたいな感じで仕事ができない人って。
イライラするんですよ。
うちのWAHAHA本舗にもヨシタケっていうのがいまして、
本当に馬鹿なんです(笑)。
たとえば、ピザをふたりで分けます。
どうやって分けますか? っていうときに
6つに分けるんですよ。
「なんで?」って聞いたら「食べやすいから」だって。
もうね、問題の意味というものがわかってないんですよ。
で、違うって言うと「‥‥8つかな?」って。
そういう人と日々芝居をやったりしてるんです(笑)
でも、その答えってじつは
人への思いやりの気持ちが入っているじゃないですか。
いかにこの人が大事かっていうことを
もっと世の中の人がわかればいいな、っていう人なんです。

この作品は究極の友情物語なんですよ。
人間愛がすごくよく描かれていますよね。
じつは、中学生のときに劇団民藝が富山県に来て、
この「さぶ」の芝居を観たんですよ。
おもしろかったし、すごく泣いた思い出がありますね。

   
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  『悪女について』 有吉佐和子 新潮社/740円(税込)
 
もっとしたたかに生きていくためのバイブルですね。
この本はちょっと変わっていて、
富小路公子という女性が死んだところから始まります。
で、彼女と関係のあった人たちの
証言だけで構成されているんです。
そうすると、ひとりの人間ってひとつの環境で
ずっと生きていくのがふつうなんでしょうけど、
この富小路公子は、「もうここマズい」と思ったら
ぜんぜん違うところに行くんですよ。
だから関係者が彼女に抱いていた印象は
その人その人でまったく異なっているんです。

読み終えて、私は
「この人は悪女じゃないな」って思いましたね。
「これこそ人間なのかもしれない」って。
多少他人にどう思われようが、
一生懸命生きていこうとしただけだと思うんです。
人からどう思われようが、
したたかに生きた女の見本ですよ。



最初に読んだときなんかは
「悪い女おもしれぇ~」っていう気持ちで読んでたんです。
何年か前に読んでみたら
「あ、これ、前に読んだときと違う」と思えて。
この女性像が、いまの時代にマッチしてきてるんですね。
昔の日本だったらば、
「この女は恐ろしいな、
 当時の現代にはこういう恐ろしい多面性を持っていても、
 そういうのが世の中かも」っていうような話だったけど、
今だったらこれでいいんだと思うんですよ。
こんなに自分が行き場がなくなって、
死ぬ人も多い時代にね、
やっぱり死ぬよかこっちのほうがいいんですよ(笑)。
この人だったら死のうと思わないもん。
前回紹介した「流星ワゴン」の主人公は
最初に死のうとするんだけど、
思い詰めたりせずに適当にこなしていれば
そうは思わないようになるはずなんですよ。
だから真面目すぎるのもどうかと思うんです、
世の中ってね。

   
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  『流星ワゴン』 重松清 講談社/730円(税込)
 
重松清さんの作品って家族の問題を扱うじゃないですか。
その問題がものすごく救いようがないんですよ。
この人が描く世界は本当に嫌になるくらいです(笑)。
「錦繡」とは打って変わってドラマで絶対観たくない。
背を向けたくなるようなことがいっぱいあって、
あまりにも現実的なんです。



完璧に崩壊している家族の夫が主人公で、
奥さんは出会い系サイトで知り合った男と
ただセックスだけをして快楽を貪っている。
さらに子どもは中学受験に失敗しちゃってから
どんどん道を踏み外していく。
もう死のうと思ったところで、
ワゴンに乗った父と子の霊が現れて、
自分が戻りたい時間に戻してくれるっていうお話なんです。
もしかしてあそこで運命変えられるかもしれない
っていう状況のところに連れて行かれるんですよ。
最初のうちは「俺はそういう男なんだ」というような感じで
自分という存在を自覚していくだけなんだけど、
そのうちに女房が出会い系サイトで知り合った
どうでもいい男とホテルに入っていく瞬間を見るとか、
どんどん深いところに入っていくんです。
ただ、「ここで引き留めればいいのか」と思うんですが、
過去は変えられないし未来も変えられない。
一見SFっぽいんですが、タイムマシーンものの
あぁいったおもしろさとはまた別のものなんです。
普通のSFだったら変えられるんですよ。
でもこの作品は、
「そこから変えていこうなんていう、
 そんな単純じゃないぞ、今の世の中は」って思わすんです。



宮本輝さんの作品だと、
まず大きな問題があって、そこにまみれて
その中から小さい希望を見つけ出すんですけど、
この作品だと奥さんの問題、子どもの問題、仕事の問題、
親との問題などの小さな悪いことが
幾層にも積み重なっている状態なんです。
実はこっちのほうが複雑な問題だし、現代的だから
解決のしようがない状況におちいっている。
どうするかっていうと、1枚1枚薄皮を剥いでいくみたいに
問題と正面から向き合うんです。
だから、起きてしまったことは仕方がないと思いながら、
新しく前を向いて歩き出すしかないんですよ。
前だけ向いて、薄皮1枚1枚をこれからもっと
剥いでいかなきゃいけない状況なんです。
けっきょく最後は薄皮1枚剥いたところで終わるんですよ。

読んでいる最中はもう腹が立って、腹が立って
もうずっとイライラし続けてたんです(笑)。
女房に対しても子どもに対しても。
この主人公に対してもイライラのしっぱなしでした。
で、最後の最後を読んだら「ヴヮーン」って号泣(笑)。



嫌だと思いながらも読者をそこまで引っ張っていく
重松さんの筆力の賜物なんでしょうね。
   
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  『錦?』 宮本輝 新潮社/460円(税込)
 
私、宮本輝さんの本は全体的に好きなんです。
すごいドラマチックで筋がおもしろい本って
いっぱいあるんだけど、
「これでいいんだ。こういうことでいいんだ」と
思える作品ってなかなかないと思うんです。
その点、この方はすごく冷静に人の不幸を見てるけど、
物語の中に必ず1点光を置くんですよ。



そもそも宮本輝さんの主人公って、
愛欲にまみれちゃうんですよ。
ちゃんとした身分があったり、
会社の地位とか才能があるにも関わらず
女にガバーっとのめり込んだり、男と逃げちゃったりとか。
人間ってダメな部分に対して
強い憧れを抱くことも多いじゃないですか。
今やってるこの仕事も楽しい、
こういう環境も素晴らしいことだってわかりきってても、
そうじゃない、違う泥沼に足突っ込みたいっていうのが、
人間の持ってる欲望で、
その両方をやっちゃうんですよ、必ず。
やっちゃって、とんでもない目に遭う(笑)。
とんでもない目に遭うんだけど、そこからなんですよ。
そこからこの主人公は初めて考えるんです。

この方の作品で多いのが、上下巻に分かれてる場合だと、
たいてい上巻で主人公は
人生の荒波に翻弄されてしまいます。
それこそ最後のほうでは、
絶望の淵に追いやられるような展開になってしまう。
で、これ以上どうなってしまうんだろう? という状況から
下巻が始まって、最後、必ず希望で終わるんですよ。
本当にどうしようもないメチャクチャな状況のなかで
望みを持って生きていこうと思える終わりかたなんです。
そこが本当にすごく好きなんですよ。



そういうどろどろの人生の中から
輝くひと粒の希望をつかみ取るんです。
かつてはダイヤモンドの指輪とか、
大きい金の延べ棒を持ってた人なんだけど、
そっちよりも、小さいひと粒の金のような希望のほうが
価値があることに気づくわけです。
背表紙に書いてある「愛と再生のロマン」という言葉が
もうまさにピッタリですね。
きれいな女優さんと干からびたいい男で
ドラマにしてほしいくらいですよ(笑)。

 
柴田理恵さんの近況
WAHAHA本舗の設立者であり、
テレビのバラエティ番組やドラマ、CMなどでも
ご活躍中の柴田理恵さん。

もちろん舞台女優としても精力的に活動されております。
柴田さん扮する女探偵を主人公にした
「伴内多羅子シリーズ」の第4弾
「ずっこけ一座の花道」が近々公演開始だとか。

こ、これはなんともすごい味のあるポスターですね。
柴田さん、今回の舞台はどういう内容なんですか?



「自殺を引き止めることを専門にやってる探偵なんですね。
 お母さんが家族全員で自殺しようとしてるのを止めたり、
 『この中に誰か自殺をしたい人がいる。
  誰だか分かるかね?』っていう、挑戦の文句が来たり。
 それから、次は、自殺サイトっていうのに集まってきて、
 『集団で自殺させてあげます』と。
 で、『このカラオケボックスに集まれ』って言われて、
 『さあ、皆さん、どうせ死ぬんですから、自殺する前に、
  人生で最後に歌いたい歌を歌ってください』って。
 とにかく毎回自殺を止めてきまして、
 今回は風前の灯にある、たった2人しか残ってない
 一座の副座長が依頼人なんです。
 『どうも、座長が自殺をしたがってるようだ』と。
 それで依頼を受けるわけです。

 いつもね、自殺を止めているわけですけど、
 その止められた人たちは、私に恩があるわけです。
 命救ってもらったんだからって言って、
 仲間にされちゃうんですよ、強引に(笑)。
 今まで救ってきたみんなが、強引に仲間にされて、
 この一座に座員として入り込んで、
 『さあ、引き止めることができるでしょうか』
 というお話です」

なるほど。
どんどん仲間が増えていくシステムですね。
このポスターの中にみなさん描かれているわけですが
ひときわ大きいこの方が今回のカギとなる
座長さんなんですよね?

「そうです。
 今回山本リンダさんが大衆演劇の一座の座長で、
 副座長が坂本あきらさん。
 東京ヴォードビルショーの私の大先輩です。
 この方とか佐藤B作さんに憧れて、私も久本(雅美)も、
 東京ヴォードビルショーに入ったくらいです。
 その大先輩をお迎えしての公演です。



 実はこれ、お芝居自体がミステリーにもなっているので、
 『本当に依頼したのはこの人?』とか
 『本当に死にたいのはこの人?』といった
 謎が浮かんでは消え、また浮かぶという内容なんです。
 で、こう、いろいろ複雑なものが出てくるんですが、
 そこは実際に観に来てのお楽しみですね。
 あ、そうそう、
 お客さんも重要な意味を持っていますからね。
 ただ見に来る存在じゃないですよ。
 前は、犯人を当てる役になってもらったこともあったり
 アンケートを採ったりしたこともあるんですよ。
 お客さんも大事な登場人物なんです」

お客さんも登場人物なんですか!?
いろいろなアイデアで楽しませてくれますねぇ。
大衆演劇という設定にも注目しておきましょうね。
それにしても柴田さん、
自殺を止める探偵ってすごい役ですよね。

「私はこの芝居を
 『元気とか面白くとか、
  そうやってれば自殺は止められるわよ』なんて
 そんな単純には思ってません。
 でも、せめてね、こういうことで
 止められたらいいのになとは思います。
 人生とか人間の生きかたなんて、歩いてればさ、
 壁にぶつかって行き場がなくなるじゃないですか。
 3方囲まれて、どこにも行き場がなくなるわけですよ。
 だけど俯瞰の目を持ったとたんに、
 『あれ? ここに別の抜け道があるじゃん』とか、
 『この壁ってこんなに低かったんだ
  飛び越えればいいんだ』とかね、
 絶対俯瞰の目って必要なんですよ。
 そもそも『引き戻ればいいじゃん』とかね。
 この伴内多羅子シリーズは、
 『そういうふうに生きてみたらどうでしょうかね』的な
 提案なんですよね」


柴田さん、ありがとうござました。
伴内多羅子シリーズ第4弾「ずっこけ一座の花道」は
以下の公演スケジュールとなっております。

■東京 新宿シアターサンモール 

11月19日(水)19時開演
11月20日(木)19時開演
11月21日(金)19時開演
11月22日(土)14時開演、19時開演
11月23日(日)14時開演
11月24日(月)14時開演

■焼津 焼津市文化センター・大ホール

11月30日(日)18時開演

■愛知 中京大学文化市民会館プルニエホール

12月4日(木)18時半開演 

■富山 富山県教育文化会館

12月13日(土)18時開演 
12月14日(日)16時開演

チケットは全席指定で、
前売り5500円、当日6300円で絶賛発売中です。
詳細はWAHAHA本舗のホームページの
「ステージ情報」をご覧くださいね。

さらに、柴田さんはブログも持っていらっしゃいます。
舞台の稽古の様子なども更新されているようなので
そちらもチェックしてみてくださいませ。
柴田理恵オフィシャルブログ
「人生劇場」

 

2008-11-07-FRI

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