誰[たれ]が見ても |
われをなつかしくなるごとき |
長き手紙を書きたき夕[ゆふべ] |
(石川啄木『一握の砂』より)
※[ ]の中はふりがなです。
第23回 書きたい石川くん
石川くん、今朝は庭のあさがおが一輪、咲いたよ。
今年初めてのあさがおです。青。
きのうは初めての蝉時雨を聞きました。
*
……石川くんぽく、けっこうおセンチに始めてみた。
どうした風の吹き回しだと思うかい?
そろそろ石川くんとの別れが近づいてるかと思うと、
私だっておセンチにもなります。
この連載も、
今回を含めてあと四回、つまり第26回でおしまい。
やけにあっけない終わり方でしょ。
だって、しかたないよ。
石川くん、二十六歳で死んじゃうんだもの。
*
石川くんが生きてるときに刊行された歌集は、
『一握の砂』一冊きり。
セカンド歌集『悲しき玩具』は、
著者が死んでから出たんだよね。
この、ださい書名も、本人が考えたわけじゃないし。
のちに有名になった君の歌は、
ほとんど全部が『一握の砂』収録のものです。
死にながら書いたせいか、
『悲しき玩具』はどうにもマニアックで、
いただけませんでした。
やっぱ句読点つけたりしてるとこが、邪道じゃない?
ただでさえ三行書きという珍しいスタイルなのに。
いくら前作と印象を変えたいからといっても、
ここまでするのは姑息なんじゃないかと私は思う。
いわゆるひとつの失敗作?
というのは言いすぎだとしても、私は単に大嫌い!!
だからこの連載では『一握の砂』しか紹介しません。
*
石川くんは、
最初に出した本は詩集で、
次に歌集を一冊出しただけで死んでしまうわけだが、
ほんとは小説家として成功したかったんだよね。
短歌なんか、どうでもいいさって、うそぶいてた。
だけどほんとは、自分の短歌に、
ものすごく自信があったんでしょう?
だからこそ、どうでもいいって、言えてたんだよね。
わかるわかる。隠したってバレバレだよ。
私と同じだもん。
*
私は今、小説家になりたいわけではないけれど、
長い文章を書きたいと、ずっと思ってきました。
私が最初に出した本は詩集。
今までに三冊ばかり短歌の作品集を出してきて、
もうすぐ、デビュー作品集がついに文庫化されます。
『ハッピーロンリーウォーリーソング』(角川文庫)。
……石川くんにも読んでほしいのはやまやまだけど、
田舎者の君には、価値がわからないかもしれないな。
センスが百年くらい古いんだよね、君。
百年前の人だから、大目に見てやってたけどさ。
で、この文庫本、
プロフィールのところにはわざと、
「歌人」という肩書を印刷しませんでした。
いいかげん、歌人のままじゃ、いけない気がして。
だけど、短歌から離れようとすればするほど、
短歌のことばかり考えてしまう。
石川くんみたいに。
*
「長い手紙」を書きたかったくせに、
「短い歌」ばかり書いてお茶を濁していた石川くん。
おちびで、おねぼうさんな、おでこちゃんには、
それがお似合いだったんじゃないか。
……ごめん。
言いすぎました。
いくら本当のことでも、
言ってはいけないことってあるよね。わるかった。
石川くん、私は「長い手紙」を書きたくなったよ。
君の「短い歌」を読んでいるうちに。
*
それで書きはじめたのが、この連載なんだけど。
枡野浩一
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