HABU
ハブの棒使い。
やればできるか、晴耕雨読。

その15 日の当たらない森と日を当てる人

世の中にはいろいろな専門家がいるものです。
よくもこんな地味な生き物に日を当ててと感心します。
わたし自身大学で動物生態を学びアメンボを研究していた
というと奇異の目で見られることもありますが、
同じ生態学でも植物生態となると未知の領域です。

奄美大島の最高峰湯湾岳694mに麓から登ったときのこと。
一帯は亜熱帯照葉樹林で天然記念物に指定されています。
なにしろ3000mm近くに達する年間降水量がはぐくむ森は、
鬱蒼ということばが文字通りに似合う
むせ返るような原生林なのです。
そのときはバードウォッチングが主な目的だったのですが、
イタジイやアマミアラカシ、タブノキ、イジュ等の木々の
緑濃い葉に邪魔されて、ろくに鳥を観ることもできません。
じっとりと汗みどろになりながら、
行きに3時間、帰りに2時間ほど時間をかけて登りました。

さて、ぼちぼちくだり終わろうかという頃、
道端にふたりの学者風の人がたたずんでいます。
そういえば、登るときにも近くですれ違った覚えがある。
なんとその二人組、わたしが5時間かけて頂上往復する間
数100mくらいしか移動していないのです。
換算すると、時速40~50mくらい。
赤ちゃんよりもはるかに遅い。
で、気になるふたりの正体はシダ類の専門家だったのです。
シダがたくさんありすぎて、ひとつひとつ見ていくと
どうしたって前に進まないらしい。
「ちっとも見飽きませんよ」のひと言には仰天しました。
絶対見飽きます、普通の人は!

奄美にはなんでも280種ほどのシダ植物があるそうです。
ワラビとゼンマイ、それも食べられる若芽の状態でしか
見分けられないわたしのようなシダ音痴でも、
圧倒されるすごいシダもあります。
ひとつは高さが10mを超える木生シダのヒカゲヘゴ。
奄美観光の目玉スポットのひとつ、名瀬市の金作原では
このヒカゲヘゴの群落に出会えます。
「ヤシか?」と見まがう巨大なシダで、
葉の部分の長さが3mを超える大きさです。
古くなった葉は幹から剥落し、跡が鱗のようで生生しい。
もうひとつは樹幹や岩上に着生するオオタニワタリ。
湿った薄暗い林の苔むした大木の幹や枝から
1mほどの剣型の葉が四方に垂れ下がっています。
直射日光が当たらない常緑広葉樹の森は着生植物にとって
楽園のような環境なのでしょう。

ヒカゲヘゴやオオタニワタリが繁茂する森は
そりゃあもう、ジャングル気分満点です。
シダ好きの方もそうでない方も、ぜひ一度どうぞ。

2000-08-22-TUE
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