その53 中国のハト
足環のついたハトを引き取ってくれないかと
知り合いから頼まれ、預かることにしました。
とりあえず保護されている動物病院に行ってみたら、
そいつ伝書鳩だったんです!
「CHINA 1994 12040」という足環がついています。
少なくとも7歳にはなる中国の伝書鳩だったんです。
わたしはこの11月に鳥類標識調査員の資格をとったばかり。
環境省のお墨つきのもと、かすみ網で野鳥を捕まえては
足環をつけて放すボランティア調査員です。
奄美にはこの調査資格を持つ人がこれまでいなかったので、
野鳥の生息分布もいまひとつわからない状況でした。
さあ張り切って調査しようと意気込んでいたところに
舞い込んできた最初の仕事が、野鳥ならぬ伝書鳩。
確かに足環つきの鳥ではあるのですが、管轄違いです。
持て余したので、日本伝書鳩協会に電話しました。
「あのー、伝書鳩を保護したんですけど…」
「足環の番号はわかりますか?」
「はい、チャイナ1994…」
「それは中国の鳩ですねえ」
「そうなんです。どうすればよいですか?」
「困りましたね。中国鳩は管理していないんですよ」
「で、どうしたらよいでしょうか?」
「しばらく飼って、元気になったら放してあげてください」
いやはや、鳩を飼う羽目になってしまいました。
わたしは鳥飼という名前ですが、
鳥を飼うのはそんなに好きではありません。
生き物の飼育が苦手というのではありません。
ヒメフチトリゲンゴロウやスジブトヒラタクワガタなど
奄美産の何種類かの昆虫は常に観察用に飼育しています。
しかし、鳥となると覚悟が必要です。
虫や魚ならばどんなに飼ってもなつかないし
少々放っておいても平気ですので気が楽ですが、
哺乳類や鳥類は世話が大変なうえに
飼うと情が移りそうで嫌いなんです。
野鳥観察は大好きなれど、飼育はできれば遠慮したい。
そうはいっても乗りかかった舟というか飼いかかった鳩、
衰弱したまま野に放つわけにもいきません。
さっそくホームセンターに出かけ、
鳥かごと鳩のエサを買ってきました。
飼うんだから名前くらいつけてあげたほうがよいでしょう。
性別も不明ですが、とりあえず「はと吉」と命名。
白痴的なネーミングですが、所詮一時の仮の名ですから。
はと吉をかごに入れ、エサと水を与えてみます。
が、狭いケージの中で暴れまわるばかりで落ち着きません。
人が見ているのがダメなのかと座を外してみます。
しばらくすると静かになったようでした。
一週間もすると、はと吉は新しい環境に慣れ、
エサも食べ水も飲むようになりました。
二週間も経つと、はと吉はひとの目にも慣れ、
わたしが近づいても暴れなくなりました。
そして三週間ほど過ごすうちに、
目に見えて色艶がよくなってきました。
毎日「はと吉」と呼びかけてもなんの返事もしませんが、
中国の鳩なので日本語を解さないのはしかたがない。
ときおりクックルルと鳴くのは望郷の念なのか?
ぼちぼち放してやることにしました。
実は一度迷った伝書鳩やレース鳩は冷たくあしらわれます。
飼主にとっては迷う鳩など落伍者の烙印つきなのですから。
それでもわたしは、はと吉を放すことにしました。
狭いケージの中で余生を送るような生物ではありません。
ほんの少し生態系に影響を与えてしまう可能性もあります。
ハトもマングースやモクマオウと同じ移入種なのですから。
それでもわたしは、はと吉を放すことにしました。
彼らに罪はなく最悪の移入種は間違いなく人間なのです。
手から飛び立ったはと吉は、
覚束なげに羽ばたいて近くの岩に止まりました。
その姿勢のまま固まって、じっとこちらを見ています。
「あいつ、本当に中国まで帰れるのかなあ?」
こちらの心配をよそに陽光を浴びて誇らしげではあります。
思いを断ってその場を去り、数時間後にのぞいたときには
はと吉の姿はもうありませんでした。
放鳥前のはと吉
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