HABU
ハブの棒使い。
やればできるか、晴耕雨読。

その56 ゲンゴロウ馬鹿に勝った日

バードウォッチャーなどを通称、鳥屋さんと呼びますが、
同様に虫屋さんという呼び方があります。
採集家や研究者など昆虫を趣味や仕事にしている人たち。
この虫屋といわれる人種、変な人が多くて楽しいんです。
そもそも昆虫は鳥と違って種類が多いので、
ひとりで全種類の昆虫に愛を注ぐことは不可能に近い。
だから普通は専門特化していく場合が多いのです。
メジャーなところでチョウ屋、トンボ屋、クワガタ屋。
ややマニアックになってカミキリ屋や糞虫屋。
ガ屋やカメムシ屋、ゴミムシ屋だっています。

かくいうわたし、大学時代の研究対象からいえば、
間違いなくアメンボ屋に分類されるはずなのですが、
なかなかその看板を掲げる勇気がありません。
だってアメンボですよ。
貧相なうえに美しくもない虫なので
コレクターの気持ちをそそることもなく、
飼育はそれなりに難しいこともあって
ペットとして注目されるはずもなく、
そんな陽の目を見ない存在ですから
アメンボ愛好者の人口は絶滅危惧種みたいに少ない。
研究ならばライバルが少ないのはチャンスなのですが、
趣味で楽しむのに同好の士がいないんじゃ寂しい。

そこで対象をちょっと広げて、
水生昆虫屋になろうと決心しました。
水にすむ虫をオールラウンドに楽しもうという魂胆です。
アメンボ屋だった頃は水面だけ見ていればよかったのが、
水生昆虫屋ともなると水中を網ですくう必要があります。
昨年の夏のこと、ひょんなことからその網に
フチトリゲンゴロウというヤツがはいったのです。
ヤツは日本では南西諸島固有の大型種なのですが、
沖縄でも最近はほとんど採れなくなったという珍品。
まさにビギナーズラックのようなものですが、
ともかく嬉しくなって
奄美野鳥の会のホームページで自慢したりしていたら…
さっそく来ました、同好の士が!
某大学の大学院生がインターネットで検索して、
わざわざアプローチしてくれたのです。


左がフチトリゲンゴロウ、
右がヒメフチトリゲンゴロウ。
ともに南西諸島固有の希少種。


彼こそは正真正銘のゲンゴロウ屋でした。
軽自動車にありとあらゆるゲンゴロウ採集グッズを積んで、
フェリーに乗ってやって来たのです。
初対面の挨拶もそこそこに、まずはゲンゴロウの話。
奄美にはどんなゲンゴロウがいるのか?
ゲンゴロウにとって環境のいい池は多いのか?
フチトリゲンゴロウはどこで捕まえたのか?
矢継ぎ早に質問が飛び出します。
そして船旅の疲れもなんのその、
採集ポイントに突撃していったのです。

何しろアメンボ屋あがりのわたしとは気合が違います。
わたしはたも網で池の周辺を適当につつくだけですが、
彼はポイントに着くやいなや、
胸までの長さの胴長を履いて
じゃばじゃばと池の中に入っていきます。
そして特製の網を水中にぐっと差し込み、一気にあげる。
空振り…
もう一度!
水草ごとすくいとるように、網をググッとひきあげる。
採れた!
見せてもらうと、体長2ミリくらいの
ゴマのようなゲンゴロウでした。
まあまあ珍しいナガチビゲンゴロウだとか。
彼はニヤッと笑うと、
次のポイントへ行きましょうとわたしを促すのでした。

こんな調子で翌日も翌々日も
彼は日がな一日池をすくっているのです。
わたしも3日目までは付き合ったのですが、
さすがに飽きてしまい、4日目からは彼の単独行。
雨の日も風の日も一日中池をすくっていました。
わたしの家に都合7泊していきましたが、
その間交わす会話の7割方がゲンゴロウのことなのです。
ここまで来たらゲンゴロウ屋呼ばわりでは失礼というもの。
敬意をこめて、ゲンゴロウ馬鹿とお呼びしたい。

そんな彼でさえも奄美大島では
最大の目的のフチトリゲンゴロウをゲットできず、
失意に包まれて徳之島に向かいました。
あろうことか、ゲンゴロウ馬鹿に勝ってしまったのでした。



突然ですが、新刊のお知らせです。
3月6日頃、なんと2冊同時に新刊が出ます。
鳥屋的自分と虫屋的自分で書き分けた2冊です。

ひとつは角川書店から刊行される『非在』
人魚探しがテーマの孤島物ミステリーです。
蓬莱や仙人も出てきます。朱雀だって出てきます。
朱雀の正体を解き明かしたりしちゃいます。

出版社名:角川書店
発売日:2002年03月08日
定価:本体1600円(税別)
ISBN:4-04-873367-2-C0093

もうひとつは世界文化社から刊行される『昆虫探偵』
昆虫界で起こる事件を昆虫の探偵が昆虫の論理を駆使して
解決するという少々風変わりなミステリーです。
もちろんアメンボもゲンゴロウも登場します。


出版社名:世界文化社
発行年月:2002年03月
定価:1,400円 (税抜)
ISBN:4-418-02503-0

 

2002-02-05-TUE

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