その63 鳥を待つ
今年から奄美大島でバンディングの調査をしています。
バンディングとは鳥類標識調査のことで、
捕まえた鳥に足環をつけて放す調査をそう呼びます。
足環を装着させられた鳥が遠い異国で再度捕まれば、
その鳥の渡りのコースがわかります。
また、再捕日と放鳥日のデータと照合することで、
その鳥の成長過程や自然下の寿命なんかもわかります。
つまり鳥の生態を知る上で基本的な調査のひとつなのです。
鳥の捕獲にはカスミ網を使います。
黒く細い糸でできた網を林の中や葦原に張っておきます。
遠くからだとぼんやりと霞がかかったようにしか見えず、
網とは知らずに突っ込んできた鳥がひっかかる仕組みです。
そう簡単に鳥が捕まるのかと疑う人もいるかもしれません。
でも実際に朝夕の時間帯に網場に行ってみるとわかります。
鳥よりも視力の弱い人間は
簡単にからめとられてしまうので。
実際カスミ網を使えば誰でも大量の鳥を捕まえられるため、
悪用されると野鳥が密猟されてしまいます。
だから現在この網は市販されておらず、
環境省が認めた資格を持った人だけに
貸し与えられるのです。
カスミ網にかかったアカショウビン
カスミ網を使えば大量の鳥を捕まえられると書きましたが、
それは当然たくさんの鳥がいる場所ではという前提です。
魚のいない池に釣り糸をたらすのと同じで、
鳥がいなければなかなか捕まるものではありません。
さらに鳥という生き物は総じて断然目がいいので、
明るい時間だとたいがい網の存在を見破ってしまいます。
したがって調査は早朝に網を張って薄暗い内にまず捕まえ、
日中はただひたすら待ち、
夕方またかかるのを期待するという感じです。
効率の悪い昼間は
網をたためばよいと思うかもしれませんが、
網張りと撤収は面倒な作業なので
できれば何度もしたくない。
中には真昼間にかかるおまぬけな鳥もいるので、
張って待つのです。
ただひたすら。
「捕まらんねえ」
「そうですねえ」
「昼じゃからやー」
なんとも怠惰に時間が過ぎていきます。
別にエサでおびき寄せているわけではないので、
釣のようにエサを変えてみるわけにもいきません。
網をたたんでまた開くのが面倒だから張りっぱなしなので、
釣のように場所を変えるわけにもいかないのです。
ただ待つ。
「今度も捕まってないねえ」
「やっぱりねえ」
「昼じゃからやー」
同じようなセリフが幾度も繰り返されます。
この無為に過ぎていく時間がいいのです。
寝転んで空を流れる雲を見ていたり、
そよ風を頬に受けて読書をしたり。
眠くなったら昼寝をしたり。
ただ待つ。
「今度もどうせ捕まってないでしょうねえ」
「無理だろうねえ」
「はげっ、捕まっとるが!」
(はげっというのは驚いたときの奄美地方の感嘆詞)
待つ時間が長いからこそ、
鳥が捕まったときの感動は大きい。
それこそスズメでもヒヨドリでもなんでも嬉しいのです。
まして遠くサハリンから旅してきた
エゾビタキだった日には!
丁寧に網からはずし、足環をつけます。
体重をはかると、わずかに13グラム。
この小さな身体でサハリンから飛来し、
奄美でしばらく休んだ後、
今度はフィリピンくんだりまで渡るのです。
頑張れよ、エゾビタキ!
そして、また来年この網にかかっておくれ!
秋の渡りの途中で捕まったエゾビタキ
ところで少し宣伝をさせてください。
3月に新刊が2冊出ました。
1冊は角川書店から出た『非在』。
思わせぶりなタイトルですが、難しい本ではありません。
生き物がたくさん出てくる孤島物のミステリーです。
出版社名:角川書店
発売日:2002年03月08日
定価:本体1600円(税別)
ISBN:4-04-873367-2-C0093 |
もう1冊は世界文化社から刊行された『昆虫探偵』。
こちらはタイトルそのまんまの昆虫ミステリー。
昆虫界で起こる事件を昆虫の探偵が昆虫の論理で解決します。
出版社名:世界文化社
発行年月:2002年03月
定価:1,400円 (税抜)
ISBN:4-418-02503-0
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