糸井 |
父親は、ぼくが生まれるときには
30歳とかでしたから、その年齢では、
いいところも弱点も憧れも、父親の中で
未分化のまま渦巻いていたんだと思うんです。
だから、何か、名前に託したんでしょうね。
豊かに育ってほしいから「豊」みたいな意味で、
ぼくに、小説の主人公の名前をつけた。
誰にもわからないように、読み方を変えて、
暗号のようにして、上から砂をかけたんでしょう。
だから、「ジュリ」から、
「重里(しげさと)」になった。 |
今泉 |
お父さんから、その名前の由来を、
直接、聞いたことはあるんですか? |
糸井 |
子どもの頃は、そうは聞いていなかった。
ずーっと後になって、
ぼくが35歳くらいのときに、聞きました。
きっと、由来を言うのが
恥ずかしかったんだと思う。
それと、戦後すぐに
ベストセラーになった小説だし、
ジュリアン・ソレルは、
非常に野心的な主人公なんです。
権謀術数も含めて野心を発揮する人だから、
子どもの名前の由来を明かして、出会う人から
そういうふうに見られたらかわいそうだ、と。
だから言わないでいたっていうことなんでしょう。
だから、子どもの頃、父親は、
「四角の多い名前はいいんだ」
とか、いろんなことを言っていましたけど、
ずっと、オトナになるまで言わなかったですね。 |
今泉 |
子どもの頃、その
「重里」という名前は好きでしたか? |
糸井 |
まぁ、キライでしたね。
「重」まではよくあるからいいけど、
「里」が困るんですよ。
そんな名前のヤツは他にはいないんで。
ぼくは親が離婚してますから、
おばあちゃんが育ててくれましたけど、
おばあちゃんが小学校の入学手続きに行く時に、
「お名前は」
「重里です」
そう言っても、相手が、
わかってくれないわけですよね。
詳しく説明しなきゃなんないんですよ。
その時に、毎回、
「重いっていう字に、サトイモの里です」
って言うのが、うわあイヤだ、と。 |
今泉 |
(笑) |
糸井 |
サトイモは、ちょっと好きだから、
まあいいか、っていう気持ちも含めて、
それは、ものすごくクッキリ覚えています。
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