続・会社はこれからどうなるのか?
岩井克人×糸井重里対談篇

第3回  人間は、どうしようもない?

※第3回を、さっそくおとどけです。
 後半に語られる「経済政策」についての話では、
 岩井さんが、テレビや新聞の経済話を見ながら、
 どんなことを考えているかの一端が、濃く分かる!

糸井 この本で触れられた
「資本主義」という言葉も、
今は、昔と違って、落ち着いて読めますよね。
岩井 ええ。
わたしが
『ヴェニスの商人の資本論』
という本を書いた頃は、
まだ、「資本主義」という言葉を、
意図して、挑発的に使っていました。

マルクス経済学からすると
「資本主義」は、
よくないものとされていましたし、
マルクス経済学ではない、
いわゆる「近代経済学」の立場の人たちも、
「資本主義」と言わず、
「市場経済」と呼んでいましたから……。
糸井 その時の動機は、
「まちがいが大手をふって歩いている」
ということへの、軽い正義感
ですよね。
岩井 はい。

わたしは、そもそも、はじめは
「マルクス経済学」を勉強しました。

若いころは、マルクス全盛の時代でしたからね。
「『朝日ジャーナル』を、これ見よがしに
 脇にかかえて高校に行く」という時期でして。
糸井 わかりますよ。
ぼくも、岩井さんと、年齢、変わりませんから。
岩井 当時は、世の中を、少しは変えたい、と。
そういう気持ちが、純粋にありまして、
「大学では、マルクス経済学を学びたい」
と思っていましたからね。
もちろん、「世の中を知りたい」ということは
同時に、とても大きな動機だったんですけれど。

そしてやはり、マルクスの著作は
古色蒼然としている部分も多いのですが
おもしろい部分がいっぱいある。
だから、わたしは今も、
マルクスは読み続けています。

ところが、マルクスの著作から離れた
「マルクス主義者」「マルクス経済学者」
といった人たちのやることは、これは
とてつもなく時代遅れという気がして……。
それに、当時から私は、
社会主義は人間性や自由を
必然的に抑圧すると感じていましたし。
いまから考えると、それは、
マルクス主義やマルクス経済学が、
前にお話をした「媒介」について
考えることを抑圧してたからなのですが……。

というか、
「媒介」についてまともに考え始めたら、
マルクス主義もマルクス経済学も
崩壊してしまうはずなんです。

もう一方の「近代経済学」の方は、
「自分たちはイデオロギーとまったく関係ない」
という立場を進めすぎていましたね。
もちろん、資本主義の歴史については語らないし、
おおきなことは語らないように語らないようにと、
自己規制をしています。
語るのは、需要と供給についてですし、

マクロの問題について語るにしても、せいぜい、
「経済政策上、財政支出を何%に」
というような、
すべてを技術的な問題にしてしか語らない。
ただ、近代経済学のほうには、
イデオロギー的な傲慢さがない点で
学問的に、より正直だったので、
私は結局、近代経済学を学び始めましたが、
そこに、形而上学的な驚きがまるでない

ということには不満でした。

ですから、当時は、マルクス経済学と
近代経済学と、両方に対する怒りがありましたね。
糸井 いま、
「怒り」とおっしゃられたように、
学問の動機っていうのも、
個人の気持ちの部分で、
タケノコが出てくるように、
しょっちゅう出るもんなんですねぇ……。
岩井 そうですね。
糸井 岩井さんの最初の動機は「知りたい」で、
その「知りたい」を続けていくと、
いろんなところに、骨格のはっきりした動機が、
時々、ムクムクと頭をもたげてくるという。

そういう岩井さんがお考えになる
「人間」って、どういうものなんでしょうか。
たとえば、落語家的に言うと、
「みんな、ちょぼちょぼ」だったり、
いろんな言い方が、ありますけれど。
……ぼく自身としては、
「人間って、ろくでもないものだ」と、
愛すべきものだとつけながら表現するんです。

岩井さんから見ると、人間は、
愛すべきものですか、ダメなものですか?
岩井 そうですね……。
やっぱり、人間って、
かなり、どうしようもない存在ですよね。
それは、自分自身を振り返ってみれば
よくわかる。
糸井 (笑)
岩井 ただ、重要なのは、
そういうどうしようもない存在だけど、
時々、どうしてもヒーローに
ならざるをえない立場におかれる。

多くの人がしっぽをまいて
逃げてしまったような状況の中で、
たまに、何人かは、
他の人が逃げてしまったのに、
自分だけ居残って
思いがけずヒーローになってしまう……。

自分にとっては、人間はそういう存在です。

突然、ハイジャックに遭ってしまい、
ほとんどの人は逃げてしまうけど、
偶然、ある場所にいた人が、
ある行動をするチャンスを与えられ、
そのうちたまに何人かが、
驚くべき行動をする。

こう話すと、ハリウッド映画みたいだけど、
いまのハイジャックの話はちょっとおおげさで、
ここで言うヒーローといっても、
もっと日常的なところでの
ほんとにささいな場面での
ささいな行為かもしれませんが、
しかも、ヒーローになるといっても、
だれもそれを認めてくれるひとはいなくて、
自分一人しか、
知らないことかもしれないのですが。


そして、ほとんどの人は
そのような機会を与えられても
ほとんどの場合ダメだけど。

もちろん、このヒーローになるかどうかは、
何も学歴があるとか、
社会的に地位があるとか関係なく
そういうことじゃなく、
もっと人間にとって根源的なところで、
ヒーローになってしまうのです……。

ぼくにとっては、それが真実と言いますか。
もっとも、このようなことを考えるのは、
そもそも経済学という学問が、
人間は日々の生活ではヒロイックでも何でもない
ある意味ではどうしようもないという存在である
という前提のもとで、
どのような社会が可能かということを
徹底的に考える学問だからだと思います。

いずれにせよ、人間って、
「どうしようもないけど、
 ヒーローになるチャンスを、
 たまに与えられる存在」かな?
……これだけでは、
言い足りてない気もしますけど。
糸井 人間って、どうしようもないとは言いつつも、
そこに自分が属しているので、
認めざるをえないという感じでしょうか。
岩井 ええ。
糸井 「自分がいること自体を認めてあげたい」
と思うので、どうしようもないという存在を
肯定するために、考えてあげたいんですよね。
ぼくも、そう考えているほうです。

ほんとに、
いろんなどうしようもなさがあって、
たとえば、経済理論にしても、
ものすごいたくさん、出されていまして……。

漢方医が近代医学を批判するように、
おたがいの流派が争っている状況がありまして、
タクシーの運転手からテレビのキャスターまで、
今って、みんなが、政府による
経済回復の処方箋の批判を勝手にしています。

岩井さんの立場からは、
そういう出来事を、どうご覧になっているのかを、
おうかがいしたいんですけれど。
岩井 むずかしいなぁ。
糸井 もちろん、発言に注意をしなければ
いけないところは、あるのかもしれません。
ある種の、同業者たちの仕事に対して、
どう見えるものかなぁ、と思いまして……。
岩井さんは、医者で言うと研究医ですよね?
岩井 ええ。臨床医ではありませんし、
臨床をやりたいという誘惑には駆られませんが、
世の中のいろいろなエコノミストたちが
いろんなことを言ったりしているのを見て、
イライラすることも、多々あります。
糸井 新聞を開くと、
経済の処方箋の話ばかりですから、
当然、岩井さんが新聞を読んでいると、
「あれは、こうしたらいいのに」
「それは、まちがっている」などと
思うことが、たくさんあるはずだと思うんです。
すごいストレスになっているんじゃないですか?
岩井 わたしは、
研究という分野で経済学をやっていて、
大雑把ですが、社会や人が
どうしたらよくなるかの処方箋を、
いちおう、持っていると自負しているわけですね。

ですから、
「経済回復についてのおおもとの考えが、
 なぜ一般にはキチッと理解されないのか」
「なぜ、わたしが主張するようなことを
 経済政策として主張する人が少ないのか」

ということには、怒りがあります。

ただ、そういう怒りと同時に、
なぜ、一般的にはまちがったことが
言われつづけているのかということに
思いをめぐらせるんです。そうすると、やっぱり、
「多くの人が、経済の仕組みというものを、
 まちがえて理解しているんだろうなぁ」
と思うんです。

デフレの問題にしても、
「デフレは経済にとって、よくない」
というような、基本的なことが理解されていない。
処方箋を書く人たちが、たとえば倫理的に
「悪い企業はつぶしてもいい」とでも言うような
断罪をするのは、いちばんいけないと思います。

経済というのは、もちろん複雑でもありますが、
ある面では、案外、単純なものでして。
たとえば、デフレが終わって、
うまい具合にインフレに移行すれば、
状況はぜんぜん変わっちゃうんですよ。

ですから、
「企業として悪いからうまくいっていない」
ということと、
「デフレだからうまくいっていない」
ということとは、別なんです。

いま、うまくいっていない企業でも、
ちょっと時代が変わって、運がよければ、
よくなっているかもしれません。

会社を支えている人たちも、ひょっとしたら、
「自分たちのやっていることがよくないから」
と、不振の原因を考えているかもしれませんが、
デフレ経済の下の不況では、
企業の経営者のやっていることに
還元できない部分が多いんです……。
  (つづきます!)



『会社はこれからどうなるのか』
(岩井克人/平凡社)

2003-05-27-TUE


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