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大沢 |
いやぁ、いろいろ話してしまいまして‥‥
お恥ずかしい。
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太田 |
そんなことない、とても楽しいです。
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大沢 |
今日は、大ファンの太田さんご紹介の居酒屋で、
こんなにお話できて、うれしいです。
なにしろ、ぼくがファンレターを出したのは
生涯に、太田さんと、あとひとりだけだから。
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太田 |
光栄だなぁ‥‥もうひとりは?
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大沢 |
生島治郎という
父親がわりのようなハードボイルド作家が
おりましてね。
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太田 |
ええ、お名前は存じ上げてます。
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大沢 |
この人が、酒を1滴も飲まないんですよ。
ハードボイルド書いてるのに。
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太田 |
そうですか、へぇ。
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大沢 |
ラークというタバコを1日何箱も吸って、
それが切れたら、
地方へ講演に行ってても
「東京へ帰る!」って言い出すくらい、
わがままなおじさん。
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太田 |
ははぁ。
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大沢 |
‥‥でね、そのあたりのエピソードも
ミニコラムとして
「ほぼ日」に掲載されてるんですけど‥‥
ちょっと、ニュアンスがちがっていて。
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太田 |
あ、じゃ、今夜こそ真実を語る?(笑)
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大沢 |
いやいや、
そう大げさな話でもないんですけど、
ぼく、
デビュー2冊目で新人賞をいただいたんですが、
生島さんが
その選考委員だったご縁から、
その後、マージャンだ、ゴルフだって
一緒に遊ぶようになったんです。
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太田 |
ええ。
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大沢 |
でもね、それ以前、その2冊目が出たときに、
ちょっと自信があったんで
勇気を出して、
生島さんにお電話したことがあるんです。
新しい本を差し上げたいから、と。
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太田 |
おお。
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大沢 |
そしたら
「じゃあ、今から帝国ホテルに来い」って
言われて。
で、ランデブーラウンジでお会いして
いちおう
「生島治郎様」ってサインしてお渡ししたら、
一回、パラパラッとめくっただけで
「ありがとう。
じゃ、メシでも行くか」って。 |
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太田 |
つまりその、読まずに?
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大沢 |
当然ですけど、ぼくは
読んで何か言ってほしかったわけです。
だから
「えっ? それで終わり?」みたいな。
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太田 |
でも‥‥そういうもんでしょう?
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大沢 |
そう、そうなんです、いま思えば。
若い作者が作品を持ってくることなんて
しょっちゅうあるから、
そんなの
いちいち読まないんですよ、ふつうは。
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太田 |
ねぇ。
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大沢 |
でも、そのときまだ若造だったぼくは
「読んで、
何でもいいから、褒めてほしい」
という下心があったんで、
ちょっと、がっかりしたんですよね。
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太田 |
ええ、ええ。
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大沢 |
でもね、そのあとが、すごかった。
まず、銀座の「菊鮨」という寿司屋に
連れて行ってもらって、
それから「眉」「数寄屋橋」という
2大文壇バーへ流れて‥‥。
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太田 |
一夜にして銀座を制覇したんだ。
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大沢 |
最後は、小さいけど
有名な文壇バー、茉莉花(まりはな)。
ここは、ずぅーーーっと憧れていた世界で、
自分は今、そこに、いるんだ‥‥
自分はプロの作家なんだってことを
実感させてくださったんです。
本を読むというやりかたとは、別の方法で。
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太田 |
しびれる話だなぁ。
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女将 |
だんご汁、お待たせいたしました‥‥。 |
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大沢 |
その後は、ぼくの結婚式の仲人もしていただいたし、
生島さんがお亡くなりになったときは‥‥
ぼくが、お葬式の葬儀委員長を
務めさせていただいたりも、したんです。
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太田 |
そうなんですか。
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大沢 |
あんなに幸福な出会いって、
おそらくは、そうないだろうと思うんです。
中学時代から、とことん憧れ抜いて
「生島治郎の衣鉢を継いで
日本にハードボイルドを植えつけるのは
オレの仕事だ」
くらいに思っていましたから。
そのころは、
北方謙三氏も矢作俊彦氏もいなかったし‥‥。
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太田 |
‥‥‥‥‥‥。
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大沢 |
だから、それくらい憧れた大作家が
ぼくのことを
「こいつは俺の息子代わりだ」って、
たとえば、吉行淳之介さんみたいな大先輩に
紹介してくれるのって‥‥。
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太田 |
うらやましいですね。
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大沢 |
小説のことを教えてもらったことなんて
まったくないんですけど、
ぼくは、生島さんから
「プロの作家とはこうあるべきだ」
という姿勢を、学ばせていただいた。
だから、その新人賞のときの食事会では
ガチガチだったんですけど、
当然のように「先生」と呼んだら、
「君はもう
ぼくと同業者なんだから
先生とは呼ぶな」と。
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太田 |
‥‥‥‥‥‥。
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大沢 |
「こんなに憧れた作家、生島治郎のことを
先生と呼ばなくていいんなら、
オレは、これから一生、
誰のことも先生って呼ばなくていいや」
と、そのとき思ったんです。
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太田 |
そういう、
無条件に尊敬できる人と出会えるのは
幸せですね。
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大沢 |
で、そんな生島治郎という作家に、
中学生のとき、
ファンレターというか
質問状というか‥‥手紙を一通、書いたんです。
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太田 |
話が核心に近づいてきた。
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大沢 |
その手紙には、ふたつの質問を、書きました。
ひとつは
「ハードボイルド小説を書くうえで
フィリップ・マーロウだとか
リュウ・アーチャーだとか言っても、
日本では
私立探偵という職業そのものに、
リアリティがない。
私立探偵を主人公にした
ハードボイルドは
日本において
成立するんでしょうか?」と。
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太田 |
中学生が? へぇー‥‥。
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大沢 |
もうひとつ、
「マーロウにしても、
私という一人称で描かれているけれど、
三人称で書いても
ハードボイルドが成立すると
思いますか」と。
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太田 |
中学生で、よくそんなこと書いた。
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大沢 |
‥‥超生意気じゃないですか。
とうぜん、
返事には期待してなかったんですが‥‥
来たんですよ。
便箋8枚にもわたって、
すごく丁寧で、長いお返事が。
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太田 |
ほお‥‥!
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大沢 |
もう、一生の宝物なんですけれど、
そのことを
はじめて生島さんと会ったときに、
お伝えしたんです。
「中学生のとき、生島さんにお手紙を書いて
お返事いただいたことある」と。
そしたら
「ありえんな。
俺はファンからの手紙に返事を書く
趣味はない」
とか言って、断固として認めてくれない。
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太田 |
はー‥‥。
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大沢 |
「いや、でも持ってるんですけど」
って言っても、
「いや、それはなにかの間違いだ」
って断言する。
それ以上、
俺も反論できなくて‥‥黙っちゃって。
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太田 |
はー‥‥。
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大沢 |
‥‥その後、生島さんや吉行淳之介さん、
芦田伸介さん、
黒鉄ヒロシさんなんかと
マージャンするようになったんですが、
ぼくはずっと
その手紙のことを、忘れなかった。
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太田 |
‥‥‥‥‥‥。
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大沢 |
だけど、たまーに生島さんに言ってみても
「そんなのありえねぇ」の一点張り。
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太田 |
ええ。
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大沢 |
だからあるとき、持ってったんです。
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太田 |
現物を?
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大沢 |
そう、現物を。
で、雀卓の上に広げたら
「あ、俺の字だ!」って驚いてるわけ。
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太田 |
ほんとに忘れてたのかな?
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大沢 |
いや、本当のところは、わかりません。
ただ、生島さんは
「何でだ?
俺、ヒマだったのかな?」とかって
言ってました。
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太田 |
へぇー‥‥。
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大沢 |
でも、そのときすでに
直木賞をとったあとですからね、生島さん。
絶対にヒマなはずがないんですけど‥‥
ぼくとしては
それから一気に親しくなった気がした。
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太田 |
生島さんが、本当に忘れていたのか、
しらばっくれていただけなのか、
真相はともかく‥‥とてもいい話です。
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大沢 |
まだ、続きがあるんです。
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太田 |
‥‥今夜は、酒が美味い!(笑)
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大沢 |
証拠を突きつけられた生島さんは
こう切りだすんです。
「ところで、お前さ」と。
「もう小説家になったんだから、
これ‥‥要らねぇだろう」と。
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太田 |
返してくれって?
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大沢 |
「いやいや、何を言ってるんですか。
これは俺の宝物なんです。
生島さんが死んだら
追悼特集に、これ載っけんだから」
「そんなこと言わねぇで返せよ」
「いやです」
「返せ」
「いやだ」
「返せ!」
「やだ!」
‥‥というようなね、
ガキみたいな応酬がしばらくあって。
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太田 |
照れくさかったのかもね、生島さん。
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大沢 |
‥‥それから何年も経って。
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太田 |
はい。
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大沢 |
ぼくが直木賞をいただいたあとくらいに
生島さんのお宅へ、
遊びに行かせていただいたんです。
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太田 |
はい、はい。
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大沢 |
そうしたらね、生島さんが
ニヤニヤしながら
「おい、いいもんがあったぞ」って
言うんですよ。
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太田 |
‥‥‥‥‥‥。
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大沢 |
うっすらと嫌〜な予感がしながらもね、
「何ですか?」って聞いたら
なんと、ぼくが中学3年生のときに書いた
ファンレターが‥‥。
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太田 |
出てきた! 残してあった!!
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大沢 |
「え、何で今ごろ出てきたんですか!」
「マスコミに公表してやろうか?」
「待ってください、
それを書いたのは素人の中学生ですよ」
「だったら俺のと交換しようぜ」
「それだけはダメです!」
‥‥みたいな(笑)。
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太田 |
へぇーーーーーーっ‥‥!
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大沢 |
‥‥ぼくが直木賞をいただいたのは
38ぐらいで、
それを書いたのが15ぐらいですから、
20年以上前の手紙ですよ。
そんなのが、どこから出てきたんだか。
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太田 |
大沢さんが大事にしまってあるのは
わかるけど、
生島さんにとっては‥‥
こういっちゃなんだけど、
いちファンからの手紙でしょう?
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大沢 |
そう、そう。
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太田 |
いや、だからつまり‥‥印象深かったんだな、
やっぱり、きっと。
地方の中学生が送ってよこした
ファンレターでもあり、
生意気な質問状でもあった。
生島さんも大事にしまってたんだ、きっと。
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大沢 |
そうだったんですかね。
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太田 |
きっと、そうだと思う。
いやぁ、今日はいい話、聞いたなぁ(感動)。
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大沢 |
いえいえ‥‥こちらこそ。
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太田 |
おかげですごく美味しい酒が飲めました。
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大沢 |
ぼくも太田さんとお話できて、
うれしかったです。
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太田 |
ではそろそろ‥‥河岸を変えますか。
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大沢 |
お供いたします。
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太田 |
じゃ、2軒目は。
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大沢 |
どうしましょう。
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太田 |
ゴールデン街。
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大沢 |
え、意外。 |
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<終わります> |