ひとの話、じぶんの話
第4回 肩書きと個人のなまえ
- 糸井
- 古賀さんは、震災の時、どう自分の考えを納めようと思った?
- 古賀
- 僕は、ちょうどcakesの加藤さんと一緒に本を作ってる時で
このまんま震災に何も触れずに
もうすぐ入稿するというぐらいのタイミングでした。
でも、このまま震災に触れずに、なかったように
その本がポンと出てくるというのは明らかにおかしいよね
っていう話をして
全然その本のテーマとは関係なかったんですけど
とりあえず現地に行って取材をしようと言って
著者の方と一緒に3人で現地を回りました。
その時に思ったのは、ほんとに瓦礫がバーッとなってる状態で…
- 糸井
- 5月はまだ全然ですよね。
- 古賀
- 僕らが行ったのが4月だったので、もうほんとに…
- 糸井
- 行くだけで大変ですよね。
- 古賀
- 交通手段も限られてるような状態でした。
その時に思ったのは
もう今のこの状況は、ほんとに自衛隊の方とか
そういう人達に任せるしかなくて
とにかく東京にいる僕らにできるのは
自分達が元気になることだなと思ったんです。

- 古賀
- 自分達がここで下を向いて、つまんない本作ったりとか
自粛したりとか、そういうようなことになるんじゃなくて
どういうふうに聞こえるかわからないですけど
東京の人間が東を向いて何かをやるというよりも
西の人達に
俺達がやらないと東北の人達も立ち直ることが
なかなか難しいだろうからっていうことで
意識を逆に西に向けてた時期でしたね。
みんなが意気消沈してという時に。
それしか、瓦礫を見た時の迫力…
- 糸井
- 無量感ですよね、まずはね。
- 古賀
- そうですね、ええ。何もできないなと思ったので。
- 糸井
- あの、何もできないという思いは
ずっと形を変えて、小さく僕の中にも残ってますね。
やった人達に対する感謝と一緒にね。
- 古賀
- はいはいはい、そうですね。
- 糸井
- やっぱり、ないんですからね、今瓦礫。
ほんとにそうですよね、そういう力ってね。
- 古賀
- ほんとに20年ぐらいかかるだろうなと思いました。
- 糸井
- 思いますよね。でも今は、ないですよ、ほんとに。
- 古賀
- そうですね。

- 糸井
- なるほどな。
同じようなことで、『モテキ』っていう映画を撮ってたのも
あの頃でした。
とにかく『モテキ』を止めないでやるって
大変なことだったと思うんですよね。
でも止めないんだって決めるしかないわけですね。
僕は、ごく初期の頃に
「本気で決断したことは
全部正しいというふうに思うじゃありませんか」
みたいに書いたんだけど
『モテキ』の話はとっても、後で聞いて
やっぱりそうだったなと思うんですよね。
- 古賀
- うん、そうですね。
- 糸井
- あの時半端に、殊更に何か言ったり
生ぬるかったりする被災地の物語をどんどんみんなが作っても
何の意味もないんで。
映画を作るけど、お金を出すっていうふうに言ってた
すごくちゃんとした人がいたりしたのも止めたり。
わりに僕お節介に止めたことがあったんですね、結構。
まだ出番はあるから、みたいな言い方して。
それは自分に言ってた気がする、同時に。
そういうことしたくなっちゃうよなというの。

- 糸井
- その時にもう、ライターだとか編集者だから
自分のできることはこういうことだなって思うこと
自分の肩書きを起点に考えるって発想を
なるべくやめようと思ったんですよ。
個人の名前としてどうするかっていうのを
とにかく先に考えようと思ったんです。
そうじゃないと結局、職業によっては、今何も役に立たなくて
来てもらっちゃ困るとこに行くようなことだってあるわけで。
- 古賀
- そうですね、うん。
- 糸井
- 間違うなと思ったんですよね。
僕は歌い手だからって、ギターを持って出かけてった
っていう人がいっぱいいたけど
君は来て欲しいけど君は来て欲しくない
ってことは絶対あったと思うんですね。
- 古賀
- そうですね、はい。
- 糸井
- でも歌い手の僕にできることは何だろう
って発想だと、ついギター持って行くわけで。
それは違うんだろうなと思って。
だから僕は、豚汁配る場所で列を真っ直ぐにする
みたいな手伝いとか、その発想で
その延長線上で何ができるかみたいなことを
できる限り考えたかったんですよね。
でもずっと悩んでました、わからなかったから。
- 古賀
- そうですよね。
- 糸井
- それで友達に御用聞きするって決めましたね。
ほんと震災がなくて、そういう話を考えなかったら
今僕らはこんなことしてませんよ。
- 古賀
- そうですね、うんうん。
- 糸井
- どうしてたんだかわからないです。
もっとつまんない、虚しい小競り合いをしたり
あるいはちっちゃな贅沢
カラスがガラス玉集めるみたいなことをしたり。
それに思想を追っかけさせたんじゃないかな。
「カラスがガラス玉を集めるようなことを僕らはします」
みたいに。でも、もたないですよね、それじゃ。
- 古賀
- そうですね。
でも、震災に関わるっていうふうに決めた時に
世間的にいいことに見えたり、
あるいは慈善活動とか、そういうものに見えるのって
いい面と悪い面とあるじゃないですか。
糸井さんとか、ほぼ日の活動を見てると
ちょっと言い方が変ですけど
そこをすごく上手くコントロールしてるというか
しっかりと正しい道を選んでるなという感じがしています。
俺達はいいことをやってるんだ
っていうふうに自分を規定しちゃうと
結構間違ったことをしがちで
だから、その友達っていう最初の起点が
たぶん他とは違うんだろうなと思いますね。
- 糸井
- やっぱり吉本隆明さんですよね。
吉本さんが、前々から
「いいことやってる時は悪いことやってると思え
悪いことやってる時はいいことやってると思え」
ぐらいに、全く逆に考えるという人でした。
それは大元で親鸞という人のことを考えてる時に
考えついたことなんだろうけど、それに近いところで
吉本さん自身が、そうしようと思って生きてたってことは
よくわかるんですよ。
- 糸井
- だから僕にとって、吉本さんは
手の届かないぐらい遠くにいる先輩なんです。
でもその先輩は、手が届く場所にいつでもいてくれるんですよ。
それ何ですかって聞いたら、近所のアホな兄ちゃんの俺に
こうだってことを言ってくれるわけ。
その言ってくれ方が、この間僕は偽物だって書いた。
吉本さんのことを想像しながら書くわけです。
吉本さんも偽物なんだよって言うと
ファンはものすごく怒るかも知れないけど
つまり、そうなろうとしたから、そうなってるんですよ。

- 糸井
- 例えば、何かのチケットを、基本は並んで
あるいは朝何時の電話をかけて取るのが基本ですよね。
入場料払って見るのが基本だみたいなことは
吉本さんを見てて思うんですよね。
その姿勢がベースにあるんで
邪魔だ邪魔だつって火消しが行くのとは
俺達は違うわけだから。
順番に列並んでいるところを突き飛ばして前に出た方が
もっといいことできるかもしれなくても
そこは無駄になっても、コストだぐらいに考えてというのは
ずっと、ずっと吉本さんを見ててのことで。
吉本さんちの奥さんは、お父ちゃんは偽物だって言うわけで。
- 古賀
- (笑)はああ。
- 糸井
- 吉本さんちのお父さんがいて、あのお父さんは本物だった。
奥さんは、本当にお父ちゃんいい人だけど
うちのお父ちゃんは、そうなろうとしてなってるから
本物じゃないって。
でも、俺、今更本物になれないんで(笑)
- 古賀
- (笑)はい。
- 糸井
- そういう吉本さんの方法しかないんですよ。そう見ると
ほんとのこと言う偽物が結局なれる場所なんですよね。

- 糸井
- 谷川俊太郎さんなんかも結構
僕は偽物で本物の真似をしてる
というようなことを平気で言いますよね。
僕らにも、そういうことが
姿勢としてあったんじゃないでしょうかね。
社内の人達が案外そのことをわかって動けた気がする。
そこ不思議なぐらい通じたよね。
- -
- そうですね。糸井さんは、
こうしようって、ものすごくコンセプトを述べたりっていうことは
そんなにはなくて、いつもの感じで、みんな動いていたと思います。
- 糸井
- 態度については、これからも間違わないんじゃないかな
というような気がします。
間違わないぞということでもありますよね。
- 古賀
- そうですね。
- 糸井
- もし間違ったら言ってくださいねっていう。
ちょっといい気になってたら(笑)