Photo:Kazuyoshi Nomachi
HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN 極限的な高みに生きる人々。
写真家・野町和嘉さん。
かの『ナショナルジオグラフィック』誌に
写真を掲載された、
数少ない日本人写真家のひとり。
40年もの長きにわたり、
エチオピア・チベット・アンデスという
極限的な高みで生きる人々に
尊敬のまなざし=レンズを向けてきました。
30年間、岩窟から下りていない修道女。
五体投地で岩場を行く巡礼者。
なぜ人は、そんな高みで生きるのか。
先日、発売された野町さんの最新写真集
『極限高地』をめくりながら、
いろいろお話をうかがうことができました。
どうぞ、ゆっくりお楽しみください。
担当は「ほぼ日」奥野です。
野町和嘉(のまち・かずよし)

1946年、高知県生まれ。
過酷な風土を生き抜く人々の営みと信仰を
テーマとして、
世界各地を訪ね記録している。
1972年のサハラ砂漠取材を皮切りに
アフリカを取材。
各国での雑誌掲載、写真展、写真集出版を通して
広く話題を呼んだ。
1978年に初の写真集『サハラ』を
5カ国で出版。
1982年、米「LIFE」誌に掲載された
ナイルの記事により
全米報道写真家協会年度賞銀賞。
1984年、写真集『バハル』『サハラ悠遠』により、
第3回土門拳賞受賞。
1980年代にはエチオピアを集中的に取材。
1987年、
米「ナショナル ジオグラフィック」誌に
写真が掲載される。
1980代後半より中近東、アジアに重点を移し、
とりわけ1988年の中国取材を契機として
チベットに注目するようになる。
1995年、招かれて
メディナ、メッカのイスラーム2大聖地を取材。
2000年代以降は
アンデス、インドにも取材範囲を広げる。
2009年、紫綬褒章受章。
2014年、国際的な写真家活動により、
日本写真協会国際賞を受賞。
主な写真集に
『長征夢現』『ナイル』『チベット』
『地球へ!RIFT VALLEY ODYSSEY』
『メッカ巡礼』『地球巡礼』など多数ある。
とじる
第3回
レンズに宿る尊敬の
気持ち。
2015-10-09-FRI
──
あらためて、野町さんは、
極限的な高地のどういった部分に惹かれて、
ずっと通ってこられたのでしょう。
野町
やはり、エキゾチックですよ、すべてが。

地理的に他の世界から隔絶された土地で、
独特の感性で高められていった文化‥‥。
──
なるほど。
野町
はじめて行った高地は、エチオピアでした。
それまでは、
砂漠だとかサバンナばっかりでしたから、
ほんとうに、驚かされて。
──
具体的には‥‥?
野町
その多様性や豊かさに、ですよね。

たとえばこの写真なんかは
「ティムカット」というお祭りのときに
アーク(聖櫃)のレプリカを
運び出しているところなんですね。

で、そう見えないかもしれないけど
彼らは「キリスト教徒」なんです。
──
はい、一般的になキリスト教のイメージとは
かなりちがうように感じます。
野町
それまでまったく知らなかった文化や
そのエキゾチズムが、
人間がただ住むのにも苦労するような高地で
何百年と静かに続いていたこと。

そのことに、
何というか、いっぺんに、惹かれてしまって。
──
そうやって、アンデスやチベットの方にも、
フィールドを広げていかれた、と。

‥‥これなどは、何をしているんですか?
野町
ここは教会の中庭にある池なんですけど
こうして「沐浴」すると
子宝に恵まれると言われているんです。
──
なるほど‥‥でも、こうやって
野町さんが写真に残してきた独特な文化も
いままさに
急激な変化に晒されている。
野町
やはり、顕著なのはデジタル革命以降です。

チベットの少年僧が
ぼくをスマホの動画で撮っていましたけど
デジタル技術が
世界を均質化・画一化していくパワーには
ものすごいものがあると感じます。
──
技術革新ってだけなら
これまでにも、
いろいろあったと思うのですが‥‥。
野町
デジタルの革命は、ちょっと、すごいね。
──
かたや数百年も続いてきた文化に対する、
ここ20年の出来事のインパクトが。
野町
象徴的なのは、
いちばんはじめにお話したチベットの僧院、
あの宗教都市では、
未だに「テレビ」が禁止されているんです。
──
ええ、なるほど。
野町
でも、そのまわりで
何百年も変わらないテント暮らしをしている
遊牧民なんかは、
家畜を売った金でテレビを買い、
ソーラーパネルで発電して観てるんです。

遊牧民の暮らしを続けながら、
上海あたりの最新ファッションについて
情報を得たりしてるんです。
──
では、あの宗教都市は、
ある意味で「テレビに囲まれている」と。

遊牧民が、ソーラーパネルで
上海のファッションチェックというのも、
いろいろと、すごいです。
野町
なんせチベットは、太陽光が強いからね。
──
太陽光発電に向いてる、と(笑)。
野町
とくに僧院での暮らしなんか
それまで、外界とは隔絶されていたのに
スマホの普及で
一気に「世界」とつながってしまった。
──
つまり、ラジオやテレビをすっ飛ばして、
いきなりインターネット、ですか。
野町
だから、ぼくらが受ける影響の
何百倍何千倍かわからないような強度で
変化に晒されているし、
ものすごい質量の情報が流入しています。

そのインパクトたるや、想像を絶します。
標高5000メートルの氷河に十字架を建てる、コイユリーテの巡礼者たち。 ペルー、2004年。
──
では、さらに10年後の「高地」は
どんなふうになっていると想像しますか?
野町
ぼくには、予想もできないなあ。

チベットの子どもが着ている防寒衣って
羊革製で、すごく重たいんだけど、
あんなのだって
フリースなんかに置き換わるでしょうし。
──
先日、野町さんがラジオで
家畜の牛と共存している人たちのことを
お話していました。

牛のおしっこであたまを洗ったりとか。
野町
うん、南スーダンの牧畜民ですね。
──
彼らも、変容していくんでしょうか。
野町
どうでしょう、あのあたりの村には
今でも、電気が通ってないんです。

でも、電気がないのに、
みんな、携帯電話を持ってるんです。
──
え。どうやって充電してるんですか。
野町
道路沿いのちっちゃな商店に、
ちいさなジェネレーターが置いてあって、
みんな、そこで充電してた。
──
うわあ。
野町
携帯電話が何十個も、つながってたから。

他方で、家はわら小屋みたいなところで
電灯なんか、一切ないんです。
──
それなのに、携帯電話を持ってるなんて
すごく不思議な光景です。

現代と前近代が同居している、というか。
野町
ネットワークの電波だけは、
政府が、治安維持の上で必要だからって
飛ばしてるんですよ。
──
なるほど‥‥。

ちなみにですが、
牛のおしっこであたまを洗ってるのには
どういう理由があるんですか?
野町
彼らは、ずっと牛と共存してきたから、
牛の尿や糞に対して
まったく不浄感を持ってない人たちで。
──
なるほど。
つまり、水がないので、その代わりに?
野町
いや、あれねは、ファッションなんです。
──
ファッション?
野町
つまり、牛のおしっこのアンモニアで
髪の毛を
ブロンドヘアーに脱色できるんですよ。
──
すごい! そこですか‥‥。
野町
黒い髪が綺麗な金色になるんですって。
「牛のおしっこ」で。
雌牛の性器に息を吹き込む少年。こうした刺激を与えると一層ミルクを出す。
南スーダン、1981年。(野町和嘉著『地平線の彼方から』より)
──
それは予想だにしない展開でした(笑)。

ひとつ、
写真のしろうとのぼくら旅行者って
いまは全員、
「いくらでも撮れるデジタルカメラ」
を、持ってますよね。
野町
ええ。
──
そのことの影響って
けっこう、大きいんじゃないかなあと
思うんですが‥‥。
野町
それは、そうでしょうね。

そもそも、
むかしは旅人なんかいなかったところにも
気軽に行けるようになってますし。
──
たしかに。
野町
アンデスのクスコやマチュピチュなんかも、
人が多くなって
ぼくらがやるような撮影じたい難しいし、
遺跡のほうでも、
夜はライトアップしてたりもするからね。
──
そうなんですか。
野町
20年前だったら、ぼくらみたいなのが、
何ヶ月にいっぺんくらいポッと来て
写真を撮ってただけだったから
向こうも、めずらしがってたんだけど。
──
いまや毎日のように‥‥ですものね。
それは、変わっていきますよね。

逆に言うと、
当時は、このあたりのこと知りたければ
野町さんたちのような
ごく少数の「エクスプローラー」たちに
委ねられていた、と。
野町
まあ、誰かが行って、
撮ってくるしかなかった時代でしたから。
家畜の放牧から戻ってきた男。腰には刀。アサイタ、2011年。
──
いまはインターネットで画像検索をすれば
誰かの撮った「秘境」の写真が
大量にヒットしますけど、
それは「記号」でしかない場合が多いです。

逆に、野町さんの写真みたいに
「誰かが撮ってくるしかなかった写真」には
今日のお話みたいに、
1枚1枚にストーリーが貼り付いていて。
野町
まぁ、興味があって行ってるわけだから。
──
まったく興味のない人に
「お金を払うから行ってきてください」
と頼んでも、
何回かは行ってくれるかもしれないけど、
40年も続けては、無理ですよね。
野町
うん、おもしろそうだと思ってなければ
できないと思う、こんなことは(笑)。
──
野町さんは、この写真集のなかの
すべての場所に実際に行ったんだなあという、
当たり前なんですけど、
そのことの「すごみ」も、しみじみ感じます。
野町
行きましたねえ、よくもまあ(笑)。
──
それとやはり、野町さんの写真からは
「リスペクト」を感じました。

レンズが尊敬のまなざし、というか。
野町
でも、それは、そじゃないとね。

彼らの文化を尊重する気持ち、
相手に対するリスペクトを持ってないと、
写真っていうのは、
やっぱり、難しいと思います。
──
野町さんはじめプロの写真家の写真と
ぼくらみたいな
旅行者が何気なく撮る写真とのちがいは
そういう「心持ち」の部分に
いちばん出てるのかもしれないですね。
野町
自分たちは、基本的には
「現地の人が、嫌がることをやっている」
という思いが常にあるんです。
──
そうなんですか。
野町
でも、ぼくは、そうであっても
現地の社会、
高地で暮らす人間の集団のなかに入って
写真を撮ることに
抗しがたい魅力を感じていました。

だからこそ、リスペクトの気持ちと
自分のやっていることが
現地の人たちにとってはどうなのかって、
そこについての反省がないと
長く続けることは、できないと思います。
<おわります>
ページを繰るごとに目をみはる、
野町和嘉さんの最新刊『極限高地』。
チベット、アンデス、エチオピア。
「標高2000から4500メートル」という
極限的な高地は
独自の習俗・信仰を生み育んできました。
雲の上の巨大な宗教都市、
鳥葬、岩場を五体投地で進む巡礼者。
エキゾチックなエチオピア正教、
標高4000メートルに広がる砂の奇観。
そうした極限の地の文化・生活・自然や
そこに住む人々の顔に
レンズを向けてきた野町さんの最新刊。
各章の冒頭に添えられた
それぞれの地域についてのエッセイも、
読みごたえがあります。
野町和嘉
『極限高地 チベット・アンデス・エチオピアに生きる』
本体4,600円+税
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