──
西田さんは、ぼくら日本人にとって
実にめずらしい昆虫を
いろいろご紹介くださってますが
ご自身では、
どういう虫がお好きなんでしょうか?
西田
そうですね、いちばん好きなのは、
「虫こぶをつくる蛾」です。
──
虫こぶ。
西田
虫が植物に寄生して、
カタチを変形させてしまった部分を、
「虫こぶ」と呼んでいます。
一般的には、タマバエとかタマバチ、
アブラムシなどが
「虫こぶ」をつくるんですけど、
一部の蛾もつくることは
あまり、知られていないんですよね。
──
西田さんの最新刊である
『ミラクル昆虫ワールド コスタリカ』には
「こぶ」と言っても
すごく綺麗な見た目をしているものが
掲載されていました。
どう見ても「花」だろう、というような。
アカバナキバガの1種の幼虫が
ノボタン科の植物に作った虫こぶ。花にしか見えない。
西田賢司『ミラクル昆虫ワールド コスタリカ』より。
西田
そうですね。
──
植物に虫が寄生するということですが、
もともとは葉っぱだったものを、
どうして、
あんな花のような見た目にできるのか、
ものすごく不思議です。
西田
おもしろいでしょ。
──
そもそも「虫こぶ」って何なんですか。
西田
虫が、化学的、物理的な刺激を
植物の特定の部位に与えて、
組織を異常に成長させ、
さまざまな形状の「こぶ」をつくるんです。
蛾の幼虫がつくる虫こぶの内部には
部屋があって、そこに幼虫がいます。
たいてい密室状態です。
──
ええ。
西田
ある幼虫は
背中の「吸盤」みたいなものを使って、
部屋の壁づたいに移動しながら
壁の細胞を食べて、成長していきます。
──
家でありつつ、食糧でもあると。
タマバエの1種がコスタリカの森に生える植物の葉裏につくった虫こぶ。
西田賢司『ミラクル昆虫ワールド コスタリカ』より。
西田
お菓子の家、みたいな感じですねぇ。
虫こぶのなかの蛾の幼虫って
あまり歩く必要がないから、
一般的な蛾の幼虫にはついている
腹脚と呼ばれる脚が、
ついていなかったりもするんですよ。
──
ちなみにですけど、
「虫こぶ」をつくられてしまった植物は
どう感じているんでしょうか?
なんか、気持ち悪い‥‥とか。
西田
いや、とくに影響はないと思いますけどね。
こぶの中で、幼虫が糞をしたりしますから
むしろ栄養が循環してたりすると思います。
それに、もともと、
植物って食べられるようにできているので。
──
幼虫は、いつ、外に出てくるんですか?
西田
虫こぶをつくる蛾の幼虫の多くは
虫こぶ内で繭をつくってサナギとなり、
成虫になって、出てきます。
きわめて特殊な環境です。
でも、中をのぞくことはできないから、
まだまだ謎が多いんです。
──
そうか、開けて内部を見てしまったら、
環境が変わってしまいますものね。
西田
そう、開けたら幼虫は死んじゃいます。
──
家の屋根とか壁、つまり食糧が
突然なくなっちゃうって感じなんですね。
では、実際には、
どうやって内部の研究をするんですか?
西田
単純にステージの異なる「虫こぶ」を
いくつも採集して、
開けた瞬間の状況を観察するしかない。
──
つまり「積み重ね」であると。
西田
ただ、蛾の「虫こぶ」って
そんなに見つかるものでもないので、
けっこう大変なんです。
数年越しの観察とか、ザラですよ。
──
へえ‥‥。
西田
蛾の幼虫が
ハチに寄生されていることも多いし。
──
と、言いますと?
西田
寄生バチが、
蛾の幼虫に卵を産みつけるんですよ。
──
こわごわ聞きますが、
その場合は、どのようなことに‥‥。
西田
そうですね、寄生された蛾の幼虫は
ふつうに生きてるんですけど、
その身体の中で
ハチの幼虫も一緒に生きてるんです。
──
虫こぶ、つまり植物に寄生している
蛾の幼虫の身体に、
寄生バチの幼虫が寄生している。
西田
そう。で、そのハチの幼虫は、
蛾の幼虫を
少しずつ食べているわけです。
──
少しずつ食べている‥‥って‥‥。
西田
で、蛾の幼虫が
そろそろサナギになろうかなと思って
繭をつくり上げるころに、
ハチの幼虫が
蛾の幼虫を食べ尽くして、
その蛾がつくった繭の中で、自分が。
──
つまり「乗っ取り」ですか!
西田
乗っ取りというか、「利用」ですね。
そんなわけで
蛾の幼虫がつくった虫こぶから
蛾じゃなくて、
寄生バチの成虫が出てくるんです。
──
イリュージョンのようです。
西田
9割方、そんな感じなんですよ。
──
何とすさまじい、虫の世界‥‥。
西田
なので、虫こぶの研究には
どうしても時間がかかってしまうんです。
──
それにしても、
9割も寄生されているって、すごいです。
逆に言えば
ふつうに育つ蛾は1割ってことですよね。
西田
こうすることによって
蛾の数が増えすぎないよう制御している。
大いなる自然の仕組みなんです。
──
なるほど。
西田
で、蛾の数を制御している寄生バチにも、
制御役にあたる別のハチがいます。
昆虫全体で見ると、ハチとアリの仲間が、
いちばん多様性が高いです。
──
多様性が高いというと、つまり?
西田
ようするに、ハチとアリとで、
他の昆虫を制御しているような感じです。
スズメバチって狩りをしますけど
そうすることで
獲物の数を、減らしているわけですよね。
──
ええ。
西田
たとえば、1種のチョウにたいして
12種の制御役の寄生バチがいたりします。
卵を制御したり、幼虫を制御したり、
サナギを制御したり‥‥。
──
成長段階ごとに数を制御して、
全体のバランスを保っているんですか?
自然って、本当にすごいシステムです。
西田
この部屋の中にも、
寄生バチ、いると思いますよ、たぶん。
──
え、今、ここに?
西田
うん。
──
ぱっと見た感じわかりませんけど、
ちいさくて見えない、ということですか。
西田
そう。
空中に漂うプランクトンみたいなもので
寄生バチというのは
だいたい、1~2ミリのものがほとんど。
──
そんな、
顕微鏡じゃないと見えないような虫が、
この巨大な自然界のバランスに
重要な役割を、果たしているんですね。
西田
仮に、制御役の寄生バチがいなくなったら
植物を食べる蛾の幼虫などが
あっというまに増えて、
食料となる木々は丸裸になり、
1週間で山から緑がなくなるでしょう。
──
制御役がいないから、蛾が増えちゃって。
西田
仮定の話なので、
実際にそういうことは起こりませんが、
それくらいのインパクトはあると思います。
──
はー‥‥すさまじいです。
西田
うん、すさまじくおもしろいでしょ?
<つづきます>
2016-04-27-WED