ほぼ日刊イトイ新聞 探検昆虫学者、コスタリカをゆく 西田賢司さんが語る、大好きな「虫」のこと 写真提供:西田賢司
4 昆虫探検という仕事
──
西田さんは、コスタリカで研究生活を
続けているわけですけど、
どういうところで
どんな生活をしてらっしゃるんですか?
西田
まあ、「山の森の中」ですね。
標高は1500メートル。

モンテベルデという場所なんですが、
ラボの隣にある部屋を借りて住んでます。
──
じゃあ、周囲に研究対象が、いっぱい。
西田
もう、こっちから追いかけなくても、
研究対象のほうから
家の中に
どんどん入ってきてくれる環境(笑)。
──
西田さんにピッタリですね(笑)。

たとえば、ある1日のスケジュールって、
どんな感じなんでしょうか。
西田
明るくなる前に目が覚めたら、
書きものの仕事をしています。
お腹がすいたら
朝ご飯をつくって食べます。

9時ごろから部屋に光が差し込んで
明るくなるので、
それから、虫の世話をはじめますね。
──
どれくらい、虫を飼ってるんですか。
西田
どれくらい‥‥‥‥いっぱい(笑)。

100、200はいると思うんですけど、
ちょっとわかんないです。
──
それは、それぞれ
何がどんな生き方をしているか調べたくて、
飼っているんですか?
西田
そうです。ほとんどが論文に向けての
「研究対象」です。
──
つまり、調べて発表したいことが
100や200、あるってことですか。
西田
まあ、独学用の興味本位だけで
飼っている虫や、
他の研究者が必要としている、
データ用の虫も中にはいますが。
──
はー‥‥。
西田
で、明るいうちに虫の様子を確認したり、
虫の写真を撮ったり、
エサを採ってきて換えたりとかしてます。
──
もちろん研究の一貫だとは思いますが
「虫のお世話」に
けっこうな時間を割いているんですね。
西田
そうですね。たまにですが
低地の熱帯雨林や
3000メートル級の高山、洞窟内など、
いろんな場所に行って調査もしています。
──
そこ、「探検」の部分ですね。
「探検昆虫学者」の。
西田
日が暮れたら、昼間に撮影した写真を
パソコンに取り込んだり、
昆虫のデータを打ち込んだり、
仕事のメールをチェックしたり、です。

あとは、晩ごはんをつくって、食べて、
お笑い番組を見て、寝る(笑)。
──
お笑い‥‥って、コスタリカのお笑い?
西田
いえ、日本のお笑い番組です。
テレビを撮りためたのがあるんですよ。

だいたい、そんな1日ですかね。
──
そういう生活が
365日、続いているということですか。
西田
うん。
木の枝かと思いきや、体長「18センチ」にもなる、ナナフシの1種のメス。
西田賢司『ミラクル昆虫ワールド コスタリカ』より。
──
お休みって、あるんですか?
西田
休みという休みは‥‥ない‥‥かなあ。
週末とかも関係ないですから、
曜日、わからなくなることが多いです。
──
いや、「探検昆虫学者」という肩書は
はじめて聞いたので、
どういう仕事内容なのかなあと思って。
西田
そうですね、「探検昆虫学者」については
あまり知られてない‥‥というか、
英語の「Exploratory Entomologist」を、
自分で日本語に訳したんです。

かいつまんで言えば
未知の昆虫を探して研究する学者のことで、
大きな目的は
「生態系のバランスを保つ」ことです。
──
具体的には、どういうことを?
西田
たとえば、ハワイに持ち込まれた外来植物が
現地の生態系に望ましくない影響を及ぼす、
「侵入植物」になっている現状があるんです。

で、その侵入植物を抑制するために、
その植物が
もともと生えているコスタリカで、
その植物だけを食べる昆虫を探して、
ハワイに導入して、
生態系のバランスを取り戻す、とかです。
──
うわ、探検昆虫学者って、
ものすごく、ダイナミックな仕事なんですね。
数ミリの虫のことを研究しながら、
そんな大きな自然の仕組みも相手にしている。
西田
まあ、そのハワイの仕事をやっていたときは
アメリカ政府から依頼を受けた
コスタリカ大学研究員という立場だったので、
給料が出ていたんですけど、
2012年からは「フリー」になったんです。

なので今は、探検昆虫学者ですけど、
誰かから給料をもらってるわけではなくて、
自費で研究を続けてるんです。
──
じゃあ、執筆などで、お金を稼いで?
西田
お金を稼ぐというよりも、少しの収入があって、
自分の好きなことをやらせてもらってる感じ。
──
西田さん、新種を何百匹も発見されてますが、
学術的な成果を挙げても
お金には、すぐには、ならないものですか。
西田
ええ、新種をいくら見つけたからといっても、
お金が入るわけではないです。

むしろ、
新種を発表するのに、お金がかかります。
「研究=お金が出ていく一方」です。
多くの研究者は
どこかからお金を出してもらえないかと
頭を悩ませるわけですが、
ぼくは、安易にお金をもらってしまうと、
プレッシャーを感じて、
自由に研究ができないところがあって。
──
なんとなく、わかります。
西田
なので、自分は、
自分ができる範囲でやれればいいかなと。
──
所属とか固定給がないかわりに、
圧倒的な自由がある、という感じですか。
西田
そうかもです。
だから、自制も必要ですね。
──
なるほど。
西田
ぼく、料理するのが好きで
肉でも野菜でも
地元の食材で自炊しているんですが、
場合によっては
「冒険料理人」
という肩書にしてもいいかなと(笑)。
──
いいですね(笑)。つまり、
肩書さえも自由だ、ということですね。

西田さんは、昆虫の研究をはじめて、
どれくらいになるんですか。
西田
コスタリカ大学院に入ってからなので、
20年くらいですかね。
──
それだけ研究を続けてきて、
いま、思うことって、何かありますか。
西田
やりたいことが、どんどん増えてます。

すでに、やりたいことだけで
一生分たまっているような感じなので、
この先、もっと新しい、おもしろいことに
出会っていくことを思うと、
人生が100年、200年、1000年あっても、
足りないような気がしてます。
──
虫のことをわかるためには、
ひとりの人生じゃ、とうてい無理ですね。
西田
無理ムリ、昆虫の多様性の前には、
圧倒的に、人間の数が足りていません。
──
昆虫学者って、どれくらいいるんですか。
西田
ほとんどいないと言っていいと思います。

日本は昆虫の文化が根づいていますから、
まだ、いるほうなんですけど、
コスタリカ人で昆虫学者、という人は
ほとんどいないです、本当に。
──
虫は、いっぱいいるのに。
西田
昆虫に興味を持つ人が、ほとんどいないですね。

日本では、夏になったら
虫捕り網や虫かごが売られてますけど、
そんな国、めずらしいですから。
──
え、そうなんですか。
西田
虫を愛でるって、極めて日本的な文化です。
秋には、スズムシの音色を楽しむ‥‥とか。
──
それだけ身近な存在なのに、
まだまだ謎も多い、というわけですか。
西田
はい。謎は謎でおもしろいし、
その謎が解けたら、もっと、おもしろい。

最近、南米のボリビアで見つかった
カマキリモドキの一種に
黒いアシナガバチに似ているのがいて、
母親が卵を守るんですが、
その卵の塊が、
「初期のハチの巣」に似てるんです。
カマキリにソックリだけど、カマキリじゃない。
アミメカゲロウの仲間、カマキリモドキ。
西田賢司『ミラクル昆虫ワールド コスタリカ』より。
──
へぇ‥‥。
西田
つまり、卵を守るカマキリモドキのメスは
「ハチの巣をつくりはじめた
 アシナガバチの女王」にしか見えない。

そういうことをして、
天敵の脊椎動物などから狙われないようにして、
生き伸びていくわけです。
ハチを避ける動物って、多いですから。
──
本当に、不思議ですね‥‥。
西田
まだまだ、昆虫のまわりには
ぼくたちの知らない世界が広がっていて、
そのことに
うわあと思いながら、ワクワクします。
──
最後に、少し変な質問かもしれませんが、
仲良くなれたりするんですか、虫と。
西田
いやあ、20年以上、虫と付き合ってますけど、
それは‥‥なかなか難しいですね(笑)。

虫って、どこまでも本能的に動く感じで。
──
そりゃ、そうですよね(笑)。失礼しました。
西田
でも、逆に言えば、完全な野生、
本能に従った動きを見せてくれるところが
虫のおもしろさだとも言えます。
──
なるほど。
西田
哺乳類の場合、人間に慣れてしまったら
野生の状態ではなくなると思うんですが、
昆虫って、
どんなに人が近づいても野性だと思います。
──
はい。
西田
そういう、人間が制御できないところも、
昆虫が好きな理由のひとつかもしれません。
<終わります‥‥が、
 西田さんのワクワクはつづく‥‥>
2016-05-02-TUE