憲法にわくわく? 伊藤真さんの考え方は、目からウロコだった。
第1回 「法」の世界を見るという体験
突然ですが……
憲法と法律は、
役割がまったく違うことをごぞんじでしょうか?

法律は、国家が国民に対して
「○○してはいけない」と命じるものです。

反対に憲法は、国民が、
「私たちの自由を邪魔しないでください」
「私たちの権利を保障してください」と
国家権力に対して歯止めをかけるものです。

そう、向きが180度逆なんです。

「天皇又は摂政及び
 国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、
 この憲法を尊重し擁護する義務を負う」

(日本国憲法99条)

憲法を守る義務があるのは、
国家権力を行使できる立場の人たち。
ふつうの国民に憲法を守る義務はないと、
この99条の条文には書いてあります。

このことは
憲法を少しでも専門的に勉強した人にとっては
ごくごく当たり前の常識。
でも、そうじゃないほとんどの人にとっては
「そんなこと、学校で教えてくれなかった!」
ことではないでしょうか?
この本では、憲法についての、そんな
「目からウロコが落ちること」ばかりを
誰が読んでもわかりやすく解説しています。

「目からウロコが落ちること」とは言っても
あくまで「憲法の世界の常識」なんだから
別に私たちが知らなくても困らない?

そうとも言えそうなんですが、
実は、そうとばかりも言っていられない……。

最近、テレビや新聞に「憲法改正」という
言葉がよく登場します。
法律は、国会の過半数の賛成で決められますが、
憲法を改正するには、
国会で議決した憲法改正案について
国民の意思を問う国民投票が必要です。
それは憲法の条文で定められています(96条)。

もっとも、いまの日本は憲法を改正できません。
なぜなら、憲法を改正するには
「国民投票法」という法律が必要なのですが、
日本にはまだその法律がないからです。

憲法が施行されて来年で60年。
それほどの長い間、国民投票法ができなかったのは
「そんな法律をつくったら、改憲が現実のことに
なってしまうので困る」
と考える人が多かったからです。

でも、最近ではたいていの世論調査で、
憲法を変える必要がある、変えてもかまわないと
考える人が6割に達しています。
「国民投票法」も、たたき台はすでにできていて
国会提出を待っているという状態です。
だから、法律ができて、憲法改正案ができて、
「みなさん、明日は憲法改正の国民投票です」
という日を迎えるのは、
そう遠い未来のことではないのかもしれません。

そんなXデーを迎えたときに
「どうしよう、わかんない」とうろたえるのでなく
「まぁいいや、適当に○をつけとけば」と
投げてしまうのでもなく
「自分なりに考えて決めました」と
納得のできる選択をしてほしい。
これが、いまこの本を出版する、一番の目的です。

「いま、憲法の本をつくっているんです」と話すと
「ふうん、憲法問題ねぇ」と、
相手がひいていくのを感じたことがありました。
憲法についての考え方は、護憲? 改憲? と
どうしても人を政治的に色分けしてしまうので
そういう話はイヤ、メンドクサイという気持ちは
とてもよくわかります。
私自身、この原稿を書いていて
「この本を『ほぼ日』で紹介してもらうのって、
 やっぱり浮いてるかも……」と思ったりします。

「憲法の本? いい本だろうけど売れないよね」
とも言われました。
ごもっともです。
私もかれこれ10数年、本の仕事をしてきたので
憲法の本が売れないのは、十分すぎるぐらい
わかっています。

それなのに、どうして私はこの本をつくったのか?

それは、この本の著者の伊藤真さんという人に
出会ってしまったからです。

「司法試験の予備校を主宰している、スゴイ人がいるよ」
と知りあいの執筆者に教えられ
彼に初めて会いに行ったのは
私がまだ会社員として仕事をしていたときでした。

「一般の人向けの、
 法律の入門書のようなものを書いてみませんか」
と話を向けると
「それはとてもいいですね。やってみましょう」と
即答してくださったのですが、
そのときの笑顔、たたずまいのまっすぐさ、そして
法律についてまったくの素人だった私の話に
耳を傾けてくださるときの真剣さ。
初めて生で接する「カリスマ講師のオーラ」でした。

その後、企画の参考にしようと思って
彼が主宰する予備校について調べたり、
彼のそれまでの著作を読んだりしていたのですが、
法律家という職業について、
司法試験にチャレンジすることについて
彼が語っていることが、またなんとも魅力的。
「私にもできるかな」とちょっと気持ちを動かされ
「でも、そんな、私なんかに……」と揺り戻しても、
「ゼロから始める人、いろいろな社会経験を積んだ
人にこそ、ぜひ挑戦してほしい」と、
心をくすぐるメッセージが続きます。

で、当時34歳、
将来への行き詰まり感を持て余していた私は
「人生の局面を変えるなら今しかない」と
彼の予備校の事務局を訪れ
司法試験コースの受講料を一括で払い込み、
会社に退職を申し出てしまったのでした。

カリキュラムの最初は憲法で
初めて生で聴く彼の講義は強烈でした。
600人満員の大教室がしずまりかえるなか
ハイテンションで語り続ける3時間。
「今日はダルいな」と思って席に着いても
講義が終わるときには躁状態、高揚感がありました。

彼の講義の魅力の一つは
「憲法は国家権力に対する歯止め」
「自分の生き方を自分で決められることが、
 日本国憲法の考える幸福」
といった、初心者にはただただ驚くばかりの話を
気持ちよいほど明快に説明する、その語り口です。

そしてもう一つの魅力は
「憲法は弱い人を守るためにある」
「弱い立場にある人、少数派の立場にある人への
 想像力がなければ、憲法の本当の価値はわからない」
と語る彼の、やさしく、熱い思いにあります。

大学在学中に司法試験に合格し
はたから見れば
「勝ち組」そのものの人生を送っている彼が
どうしてそのような感受性を持ち続けられるのか?

……それは本を読んでいただくことにして
彼の手引きで憲法を読み解いていくと
一見、無味乾燥な条文に生命がふきこまれ、
憲法が、一人一人の人生に手をさしのべ
「自分を信じて頑張って生きよ」と励ましてくれる、
かけがえのない支えに思えてくるのでした。

あとさき考えず司法試験の世界に飛び込んだ私は
それから約3年、苦闘し、葛藤し、
結局、ふたたび編集の仕事に戻ってきました。

でも彼と出会い、
「法」という世界を垣間見た体験は
何ものにも代えがたい財産になりました。
私が味わった驚きと感動を
教科書で習った憲法しか知らない人たちにも
ぜひ感じてほしい、
そう思って企画したのがこの本です。

そんな不肖の教え子の依頼を
彼はまた快く引き受けてくださり
この本のために、憲法のことをゼロから
語り下ろしてくださいました。
彼の数ある著書のなかでも、
「憲法改正」という旬のテーマに
ここまで踏み込んで思いを語ってくださったのも
この本が初めてです。

この本を読んでいただけたら
きっと世界の見え方が変わるはずです。
見え方が変わるといいことがあるのかどうかは
わかりません。
でも、見えなかったものが見えるようになれば、
自分で考え、判断できることは確実に増えます。

たとえば「憲法改正」と聞いてすぐ思い浮かぶのは
9条、自衛隊の話。
もちろんこの問題はとても重要で
本のなかでもきっちり解説し、問題提起しています。
でも、「憲法改正」でいま議論になっているのは
9条だけじゃありません。
「最近の日本人は、権利ばかりを主張して
 すっかりワガママになってしまった。
 憲法でもっと道徳とか公共心とか
 国民の義務を規定すべきだ」
なんていう意見を耳にしたことはないでしょうか?
たしかに道徳とか公共心は大事なこと。
でも
「国民の自由を守るために国家権力に歯止めをかける」
という憲法の本来の役割から考えたら
それは本当に憲法で決めることだろうか?
という「?」に行き当たります。
そんなふうに、憲法について知ることで
テレビのニュース、新聞の記事のなかに
立ち止まって考えたくなることが
たくさん出てくるはずです。

「私の願いは、私の意見を押しつけることではなく、
 皆さん自身に自分で考えていただくことです。
 改憲、護憲、いずれの意見を持つにせよ、
 そうして初めて、憲法は私たちのかけがえのない
 財産になると思うからです」
 
これは、本書の「はじめに」の一節です。
2005-07-14-THU
 
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