欽ちゃん!
萩本欽一さんの、おもしろ魂。

断りにくい依頼の、こたえかた。


萩本 糸井さんから、
チャップリンの話を言われて、
痛いところを突かれたなぁと思いました。
テレビでは、あんまり
きちんとこたえたことは、ないんだよね。
いつも、アバウトだったから……。

最近、日本テレビの若いディレクターに
言われた言葉が、ショックだったんです。

「ずーっとテレビを見てたんですけど、
 萩本さん、テレビでは一度も、
 ほんとのことを、白黒はっきりとは、
 言ってませんでしょ?」と言われたの。

そうなんです。
いつも、自分では考えがあるけど、
たとえば、
「あなたはどの野球チームが好き?」
と言われると、
「東京で生まれたから巨人だろう」
とは思いながらも、
野球の選手もお知りあいがいるし、
巨人って言っちゃ、古田さんに会うのが
もうしわけないなとか思って
「チームが好きというよりは、
 選手が好きっていうんですか?」
と返事をしたりしていたんですよ。
糸井 萩本さんの場合、何も、
隠しごとは、していないんですよね。
「誰かがここで怒るかな?」
「誰かがここでよろこぶかな?」
「誰かがここで泣いているかな?」
そういう数が、あんまり多いから、
他人の声が、まるで耳に
集音マイクをつけたみたいに聞こえて、
「まぁ、いろいろ、ありますけど」
という返事になるんでしょうね。
萩本 うん。

収録中にも、
「ここは、違う撮りかたをしなきゃ」
と思いながらも、
「ぜんぜんオッケー!」って元気にやってる。
だけど、帰りの車の中で、
「俺、なんであんなことを……」とボヤくの。

そのボヤいてる自分が好きなの。
「そこが、俺のいいところなんだから」と。

「こたえにくい質問に対して、
 どうして、いい人になってしまうの?」

「それに対して、どうこたえればいい?」

そういうことも、よく思います。
糸井 目の前の人を、
思いやりすぎちゃうんでしょうね。

ほんとは、
「わかんねぇよ」で、いいんですよね。
萩本 うん。
だけど、それが
「わかんねぇよ」で、済まないでしょう。
糸井 そうですね。
萩本 わかんない、と言いたいんだけど、
わかんないじゃ、納得しないだろうな……と。
咄嗟にこたえることには、なるんだけど。
糸井 そうは言っても、
やっぱり自分の中に、何かが残りますよね。
萩本 うん。

ことわる理由がない依頼への返事は、
ものすごくむずかしい。
糸井 それは、
ものすごく大きな問題ですよね。
しかも、ふつうに正直で、
ふつうに気が弱い人なら、
みんなが悩んでいる問題だと思います。

つまり、
「理屈でやっつけようとしてくる人に、
 うまくこたえられないときには、
 その人のいいなりになっちゃう」
ということですから。
萩本 そうそう。
糸井 ほんとうは、
「こたえない権利があるんだ。
 おまえに言う必要なんてない」
と、言いたいところですよね?
萩本 どうこたえたら
自分が気持ちいいのか、
それを、相談する人は、いませんから。

パジャマ党にもきけなかったし、
依頼をしてくるテレビ局の人に
きくのも、わざとらしいでしょう?
糸井 ええ。

ひどい事件や戦争が世の中に起きて、
「署名をしましょう」
「発起人になりなさい」
というおたよりが、たとえば届きますよね。

それに、
「あなたは、これを許すんですか?」
と言われたら、断れないじゃないですか。
萩本 そういうの、たくさんありません?
糸井 いっぱい、あります。

ぼくの場合は、
「断れないものは断る」と決めたんです。
萩本 断れないものは、断る?
糸井 つまり、卑怯じゃないですか。
イエスしかない質問は、しちゃいけないですよ。
それは、暴力だ、と思うから……。
萩本 なるほど。
どうしてそういうところへたどりつくの?
俺は、そういうときに、
たどりつけないんですよ。
糸井 いや、一生懸命考えたんです、ぼくも。
毎回、何度も思うんです。
「この後味の悪さは何なんだろう?」
「なんで、やりたくないんだろう?」
そういうことをくりかえしているうちに、
この結論になったんです。

断るときって、何も、
言い負かさなくていいんですよね。

負けても勝っても、
口説いたほうは、
「口説けなかった」
という事実しかないんですから。
「説明になっていない断りかた」
というのでも、いいんだと思います。

おかげで、
「あいつは、そういうやつだよな。
 自分のもうけにならないことは、
 やらないやつなんだ」
とか、叩かれることもあるんだけど。
萩本 それを否定する気にもならないでしょう?
糸井 ならないです。

やっぱり、
逃げられない質問はダメだと思うんです。

そういう質問をつきつめてしまうと、
「みんなが同じ考えになる」
ということだから……それは、ダメですよ。

萩本さんのところになら、
血が足りない人の話から、
戦争から、手術の話から何から、
いっぱい、来るでしょうね。
萩本 ええ。

それを「どうしたらいい?」と
誰かに聞くのも、卑怯っぽいじゃない?

だから、うまく対処できなくていいから、
これだけは、誰かに頼らずにこたえよう、
と、これまで、返事をしてきました。
糸井 遠まわしに見えるかもしれないけど、
一市民としてお金を出すというのなら、
みんなの見ていないところで、
ぼくも、平気でやります。
だけど、名前を出すことに意味があることは、
一切、やらないことにしているんです。

……この問題はむずかしくて、
今は、仮に、こんなふうに言ってますけど、
まだ、そのつど、考えつづけていますからね。

「イトイは卑怯だ!」
なんて、昔に責めた人は、もう平気で、今は
そんなことを忘れて生きているでしょうけど。

でも、言われたほうは、おぼえてるんですよ。
萩本 うん。

昔に、対談していて、野坂昭如さんが
「欽ちゃん、テレビ出てるね、毎日のように」
と言ったんです。

ぼくはそれが、
とてもいけないことについての
批評だと思って、
「みんなに言われてるんです。
 すこし、おさえたらどうだ?
 何本かに集中したらいいんじゃない? と」
夢中で、そうこたえたんですね。

そしたら、野坂さんが、

「それはダメだよ。
 テレビタレントって、毎日出てても
 イヤじゃないやつがタレントなんだから。
 出てイヤじゃないから、いいんじゃないの?」


それを言われたときは、うれしかった。
当時、木曜だけが残っていたんだけど、
その曜日に、テレビ局が頼みにきたときにも、
「スケジュールありますよ。いらっしゃい!」
と、おかげで、言っちゃいました。
糸井 やっぱり、萩本欽一みたいな
場所に立っちゃったときには、
誰も相談相手がいなくなるってことですね。
萩本 ええ。
糸井 うわ、こわいことですよ……。
萩本 だって、
フジテレビはフジテレビで、
日テレは日テレで、
「なに? またやるの?」
なんて、言うじゃない。
糸井 それぞれの局が、
うちだけにしときなさい、と言いますね。
萩本 たしかに、
そのほうが、自分も安心してできる。
だけど、昔からの仲間にも頼まれる。
これはどうしたらいいか、わからない、
というときに、野坂さんから、
その言葉を聞けて、よかったんです。
  (明日に、つづきます)

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2004-09-27-MON

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