不正解、食べられます!
キイロイグチ 食
写真と文章/新井文彦

えたいの知れない不吉な塊が
私の心を終始壓(おさ)へつけてゐた。

と始まるのは、
梶井基次郎の代表作『檸檬(レモン)』です。
カミソリでスパっと切り裂いたかのように鋭く、
かつ、きりりとした緊密な文体で書かれた、
病気がちな主人公の少し異様とも言える心情……。
ぼくの大好きな小説です。

夏の盛りから秋にかけて、阿寒の森のどこかで、
鮮やかなレモン色の、キイロイグチを見つけると、
反射的に、この『檸檬』を思い浮かべてしまいます。

主人公は、京都の寺町通りにある果物屋で、
その店にしては珍しいレモンを、1個だけ買います。
肺尖(はいせん)を悪くしていて、常に熱っぽい身体に、
レモンのその冷たさは、
握った掌から身内に浸み透ってゆくように快く、
産地のカリフォルニアを彷彿させる香りは、
身体に元気が目覚めてくるようだ、
と書かれているのですが、それはまさに、ぼくが、
森でキイロイグチを見つけた時の気持ち(笑)。

緑の絨毯を敷き詰めたような林床のコケの間で、
存在感たっぷりに鎮座する、鮮やかな黄色いきのこ。
森を歩きまわって、少し熱っぽい身体に、
やや粘性を帯び少し湿った傘の冷たさは、
なでなでした掌から身内に浸み透ってゆくように快く、
太古の森が想像できるような香りは、
身体に元気が目覚めてくるようです……。
あまり特徴的な香りはしないんですけど(笑)。

キイロイグチは、どこからどこまでも黄色で、
乾いているときは、全体的に黄色い粉が付着。
(これに触れちゃうとなかなか落ちないんです)
ぎゅっと触ると、すぐさま青く変色します。
また、若いうちは、ツバが膜状になっていて、
イグチの特徴であるスポンジ様の管孔を覆っています。
一応、食べられるようですけど、
お味は保証の限りではありません。
あしからず。

『檸檬』のラストシーンで、主人公は、丸善に入り、
書棚から画集を引きぬき、ぱらぱらめくっては積み上げ、
「奇怪な幻想的な城」をつくりあげ、
その上に、レモンを置いて立ち去ります。
そして、十分後には美術の棚を中心として、
大爆発をするのだったらどんなにおもしろいだろう、
と、丸善がレモン爆弾に破戒される様子を、
熱心に想像して悦に入るんですけど、
どこか、歪んだ感じがしますよねえ……(笑)。

では、ぼくなら、阿寒の森で手に入れた、
キイロイグチという名の爆弾をどこに仕掛けるか。
紀伊國屋書店?三省堂書店?
阿寒湖温泉街で本を売っているお店と言えば、
コンビニのセイコーマートかなあ……(笑)。

※このコンテンツでは、 きのこの食毒に触れてますが、 実際に食べられるかどうかを判断する場合には、 必ず専門家にご相談ください。
 
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