ニアシナガタケ
食不適
写真と文章/新井文彦

ぼくは、東京へ出かけるときには、
なるべく東京のリズムに合わせようとします。
これは人間がつくり出しているリズムなので、
合わせるのは、別に難しくありません。
ですが、ぼくはけっこう早めに歩いているつもりでも、
都会の人にとっては遅く感じたりするんだろうなあ。

逆に、都会の人が、阿寒の原生林を訪れるときには、
都会のリズム、というか、人間のリズムを、
なるべく忘れるように心がけてみてください。
ふう、と深呼吸したら、あとはもう深く考えずに、
森の雰囲気に身を任せちゃうんです。

森へ入っても、あまり歩きまわったりせずに、
例えば、特に目にとまるものがなくても、
思い切って、ぱっと、その場にしゃがみ込み、
あたりをじっくり観察してみてください。

自分の周りに、関心すら持っていなかった、
まったく知らない世界が広がっていることを、
きっとまざまざと感じることができるはず。
森全体が、博物館であり、美術館なんですよね。
自然の造形の素晴らしさときたら、もう。

遠くで見たらコケに覆われている単なる倒木も、
ぐっと近くに寄って、目を凝らして見てみると、
表面を覆っているのはコケだけではないし、
そのコケにしても少なくても数種類は確認できるし、
気がつけば気がつくほど、感動も多くなります。

あ、ほら、倒木の端っこに、小さなきのこが!
アシナガタケか、あるいは、ニオイアシナガタケか。
おそらく、アシナガタケではないかと……。

アシナガタケは、傘の直径が2〜5cmくらいで、
ニオイアシナガタケ(傘の直径1.5cm弱)より大型。
柄を見ると、顕著に、縦の筋模様が見られます。
(ニオイアシナガタケには柄の縦線無し)

確実に同定するなら、傘を指で潰して匂いを嗅げば、
一目瞭然、ならぬ、一嗅瞭然。
ニオイアシナガタケならヨードホルム的香りがします。
ただ、我々は、わざわざ傘をつぶしてまで、
確認をする必要もないかと……。

目の前のきのこが、アシナガタケだろうが、
あるいは、ニオイアシナガタケだろうが、
何ら困ることはありませんから(笑)。

もちろん、食不適。
まあ、これだけ小さなきのこですから、
食べたところで、味がわかるのかも、微妙です。

まあ、とにかく、自然がつくり出した造形美を、
心ゆくまで鑑賞させていただこうではありませんか。
傘の角度、柄の曲がり具合、光の当たり方……。
言葉もありません。

人間の目はよくできていて、実際の森では、
この写真のようには見えないんですよね。
そう、きのこにも、背景にも、
きちんとピントを合わせて鑑賞できるんです。

カメラで撮影する場合、背景などがぼやけることを、
ボケ(「Bokeh」という英語です!)と言いますが、
写真のテクニックとしては、すごく一般的です。
見た目とはまた違うように表現できることは、
写真撮影の楽しさでもあります、はい。

※このコンテンツでは、 きのこの食毒に触れてますが、 実際に食べられるかどうかを判断する場合には、 必ず専門家にご相談ください。
 
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