オーガニックコットンというのは
どんなものかと言いますとね、
化学肥料ではなくて有機肥料を使う。
殺虫剤や除草剤、枯れ葉剤などの農薬は使わない。
それを3年以上守り続けてつくるというのが
ルールなんですよ。
そしてトレーサビリティー。
どこでどうやって栽培されたかが追跡できること。
遺伝子組み換えの種を使わないこと。
さらに、労働基準を守って、児童労働をさせていないこと。
こうしてできるオーガニックコットンは、
普通のコットンよりもふっくらしていて、肌触りもいい。
洗濯しても、ふんわりした感触がなくならないんですよ。
つまり、オーガニックというのは、地球環境にも、
働く人にもやさしい。もちろんそれを着る人にもやさしい。
みんながしあわせに、ハッピーになれるものなんですよ。
それを世界中に説いて回るのは、
ぼくたちのようなエンジニアなんじゃないかと
思ってるんです。
オーガニックでつくったのは、
コットンだけじゃありません。
タイシルクでもオーガニックを実現した。
ベルギーのリネンや、オーストラリアのウールも、
オーガニックで今もつくっていますよ。
ウールは、羊の毛ですよね。オーガニックウールは、
羊をオーガニックで育てるんです。
オーストラリアには
グレイジングシステムというのがあってね。
「グレイズ=graze」は「牧草」、
「グレイジング=grazing」は
「牧草地」の意味なんですね。
グレイジングシステムっていうのは、
甲子園球場の10倍くらいの規模の広い土地を
ワン・パドックとして、80個用意する。
で、まず400頭の牛を入れる。
牛って、不思議なもので、
自分の膝より下の草は食べない。
長い草だけ食べてくれるんですよ。
そういう習性を利用して、
1週間たったら次のパドックへ移して、
今度は4000頭の羊を入れるんですね。
羊は1週間なら、草の根までは食べないわけですよ。
その状態で次へ移す。80個で52週だから、
1年半すると、クルッと一周して元へ戻るわけですね。
そうすると、南半球の今の気象条件だと、
農地もちょうど1年半くらいで元に蘇るんですよ。
人間はタッチしてないし、
当然、農薬も使ってないですよね。
だから、その牧場全体を
オーガニックとして認証するわけです。
中にいた牛も羊も、そこでできた野菜もそうですね。
全部がオーガニックだと認証する制度が
オーストラリアにはあるんです。
それを、モンゴルで、
カシミヤ山羊に応用する提案をしたんですよ。
オゾン層の破壊はやっぱり進んでいて、
モンゴルでも凍土が溶けて、
カシミヤ山羊が草の根っこまで食べてしまうから、
砂漠化するというので問題になっていた。
カシミヤ山羊は、凍土の上の、モンゴル草っていう、
四葉のクローバーみたいな細い草を食べるんです。
それを食べてるから、
山羊の毛が15マイクロンという細さになる。
それが高級なカシミヤになるんです。
凍土があれば地下の根は残るから、
地上に出てる草を食べ尽くしても、
次の所へ行けばよかった。
放牧だから、移動すればよかった。
ところが、凍土が溶けて、根まで全部食べちゃったら、
そこにはもうモンゴル草は生えない。
昔はね、ウランバートルから1時間行った
トルジャという辺りで、
もういくらでも山羊がいたんだけれど、
ぼくが行った2007年には、
6時間かけて奥へ入らないと、
カシミヤ山羊の放牧はもう、できてなかったんです。
おまけに、銅がちょうど出てたんです。
資源ですよね。
そうしたら、銅で生計が立てられるから、
「カシミヤ山羊を減らしてしまえ」という運動まで起きた。
そこでモンゴル政府が日本の政府に、
「モンゴルの古くからの資源である
カシミヤを復活させるために、
日本の先進の技術者でチームを組んで、指導してほしい」
という要請がありました。
その時に、我々がオーストラリアとやっている
オーガニックウールのグレージングシステムを思い出して、
ウランバートル大学の教授に提案したんです。
食べきらないうちに次の所へ移ればいいわけで、
移動のサイクルは、モンゴルの農家の人たち自身の
体験でわかるはずですからね。
自然災害でダメージを受けた土地に
綿花を植えて再生する活動もしてきました。
2004年のスマトラ沖地震や、
2005年にアメリカで大きな被害を出した、
カトリーナというハリケーンなど。
その体験が2011年3月11日の
東北の大震災と津波の被害を受けた農地に
塩分に強い綿花を育てて復興する
「東北コットンプロジェクト」に繋がったのです。
そういう中で、
最初に話した「ダッカモスリン」も再現できたんです。
サリー・フォックス博士が、紹介してくれた。
メキシコとの国境のエル・パソ、
そして、エル・パソでオーガニックコットンをつくっている
ドーシー・アルバレス農場。
それはコットンとは思えないようなすばらしいもので。
もう本当に、新入社員の頃の夢が実現したんですよ。
そして「ダッカの霧」とぼくが名前をつけた。
唯一、自分で名前をつけた製品なんです。
それがフランスの、ある有名ブランドで、
ずっと使われています。
ぼくは非常にラッキーだと思います。
『ニューヨークタイムズ』をたまたま読まなかったら、
サリー・フォックス博士との出会いはなかった。
伊藤忠のS氏と巡り合わなかったらと思うと、
人との出会いの大切さを痛感しました。
彼女が、カリブでできた種をきちっと厳選してくれて、
それをドーシー・アルバレスが彼の農場で育ててくれる。
みんな、巡り合わせですよね。
今回、くびまきの素材に
うちのコットンを使ってもらいますけれど、
その中のひとつは、
フォックスグリーンというコットンです。
サリー・フォックス博士が綿の原種、
紀元前3世紀、つまり5000年前の綿を蘇らせて、
もともと綿は茶色だったということをつきとめたんですが、
その研究の過程で、突然変異が起きて、緑色の綿ができた。
それがフォックスグリーンです。
この色は、素材のままです。染めていないんですよ。
自然の色。もちろんオーガニックです。
もともとの綿は、5000年前のものだから、
農薬も殺虫剤もいらない。
そんなものない時代のものですからね。
それで、丈夫なんですよ。
私ね、モノにはストーリーが必要だと思うんです。
背景に、ドラマチックなストーリーが。
大量生産で、安くすることばかり考えて、
素材をいじめてつくったようなものには、
ストーリーは感じられませんよね。
そして、長持ちしないんですよ。
でもオーガニックなものにはストーリーがある。
エル・パソというところでは、
夜と昼の温度差が30℃ある。
そこで育つ綿は、寒暖差によって
開いて結んでをくり返すから、
空洞が開いて空気が入りやすい、
空気を友だちにできるコットンになる。
そう、空気を友だちにする、
自分の体温を友だちにできる、
ってぼくは言うんです。
そういうストーリーを、
エンドユーザーに伝えたいんですよ。
それは、産地や生産者、生産体制や、
環境への配慮や労働者の状態を伝えることにもなって、
そこからは信頼というものがうまれますよね。
正義を貫いてきたから、
いい素材がぼくのところに集まってくるのかな。
農家や生産者、みんなが味方してくれるんです。
そうやってできた衣類を手にとった人はハッピーになる。
これは正の循環ですよ。
そうして、みんなが喜んでくれて笑顔になって、
拍手をもらえるとね、また世界に出て行って
いい素材を見つけてこようという原動力になるんです。
健康であることも大きいですよね。
ぼくは、50年、健康第一で
楽しく仕事できたことを感謝しています。
それは家族をはじめ私と巡り合った
全ての人達と自然に対して“有難う”。
もともと丈夫なうえに、
いい素材の衣類をまとってますからね。
だからこれからも、
どんどんいろんなところへ行きますよ。