思えば、お国自慢の祭典じゃないか! おらが夏の甲子園。
 

代表校、ついに出そろいました!
各校の情報と甲子園の思い出話を。


♪くーもーはーわーきー、ほにゃららほにゃにゃ〜。
────キンッ!
『レフトへ上がった。レフトが下がる、まだ下がる。
 浜風に乗っていく。レフトバック、さらにバック、
 見送ってスタンドへーー! ホーーームラン!
 大会第1号ーーー。6回裏、均衡破れました!』

こんにちは、永田です!
さあ、いよいよ代表校が出そろいました。
いま、この時点では、このページを読む全員に、
応援すべき高校があるはずです。
深紅の大優勝旗は、どの県へも行く可能性があります!
いつもたくさんのメールをありがとうございます。
さっそくさまざまな情報をお伝えしていきましょう。
まずは、漠然と、甲子園の思い出話を。


校歌テープは自前という話題がありましたが、
かなり前にテンポも音程も
ヘロヘロな校歌が流れたことがあり、
「なんだこれ?」と思ったところ、
伴奏のピアノを監督が、歌を野球部員が、
というまさに完全自前テープで
臨んだというものでした。
私もPLはおろか、池田、Y校、横浜あたりは
38才のいまでも歌えます。
ちなみに東海大学の付属校は
歌詞がちがうだけで、みんなメロディがいっしょです。
(ユズ)
完全自前のヘロヘロ校歌!
ぜひ聞いてみたい。
ていうかそれ、いつ録音したんだ?
甲子園が決まってから?
しかし、百歩譲って、
歌を野球部がうたうのは許すとしても、
伴奏のピアノを監督がやっちゃいかんだろ。
ま、録音現場はたいそう盛り上がったろうなあ。
昨日のことです。
どーっしても県大会決勝が観たくて、
突然仕事を休んで球場まで行ってきました。
仕事忙しくてもそんなことは気にしない。
試合は接戦で、もうすごい楽しくて
とっても満足だったわけですよ。
そして今日。
朝、出勤するや課長に
「お前、昨日テレビ映っとったぞ!」
と、いわれてフリーズしました。
でもすぐ気を取り直して考えてみると、
あんなにたくさんの人の中から
私がテレビに映る確率なんてそうないだろう!
と思い至ったわけです。すぐさま
「そんなわけないじゃないですか。
 体調悪くて1日家にいましたよ」
と切り返すと、
「‥‥そうかそうか。もしかしたらと思って
 カマかけてみたんだがなぁ」
との返事。うおぉ、セ――フ!
(ハルこ)
コラコラ、なにをやってるんですか。
仕事しなさいよ、仕事。
チャンスが訪れると
必ず流れる応援曲『アフリカン』。
今ではいろんな高校で採用されていますが
智弁和歌山が発祥なんですよー!
あの曲にあわせて赤いメガホンをまわす
独特の応援をみてください。
(和歌山県応援・こなつ)
‥‥ごめん、『アフリカン』ってどんな曲?
甲子園と聞くと、いつも
高校3年のときに
甲子園に応援に行ったことを思い出します。
平成9年、1回戦、秋田商業戦でした。
かなり記憶が薄れてしまっているのですが、
今でも鮮明に覚えていることが1つだけあります。
それは、秋田商業の応援曲です。
曲名とかはわからないんですが、
ブラスバンドの演奏にあわせて
みんなでメガホンをもって
叩いたり踊ったりしてたんです。
見てて楽しかったので、こっちの応援が暇なときに
こっそりマネしてました。
今でもたまに頭にその曲が流れてきます。
曲名とかがあるのでしょうか?
今でもやってるんでしょうか?
(9回裏逆転負けしたのは
 私のせいでないと信じたい浜高生)
‥‥ごめん、それが『アフリカン』?
甲子園代表が宿泊する宿舎のお話がありましたが、
私は高校球児と同じホテルに
偶然宿泊したことがあります。
私は就職活動で大阪に行ったのが、
ちょうど春の選抜の時期で、
偶然にも同じホテルでした。
しかも二校も! 何という偶然!
(天理と関西でした)
球児さんたちは礼儀正しく、
エレベーターに乗り合わせた時も
「何階ですか?」と気を遣ってくれたり、
他のお客様の迷惑にならないように
振る舞っていたようです。
球児さん達が宿泊している階の
エレベーターが開いた時に、
ホワイトボードが見えて、
「ベスト8おめでとう!」
「バスタブに水を張ること」など、
連絡事項が見えて、
あー、合宿の遠征ぽいなあと思いました。
私は女子校だったので高校野球は憧れです。
それに吹奏楽をやっているので、
甲子園を見ると、つい後ろの応援席の様子と、
応援の音楽の方に、興味が湧きます。
(なおこ)
「バスタブに水を張ること」
っていうのがいいなあ。
あれだね、部屋の空気が
乾燥しすぎないようにっていうことだね。
天理と関西という強豪校が
礼儀正しいというのもいい話です。
もうひとつ、試合以外の
高校球児たちの話。
神戸在住ならではの話があるですよ。
三宮〜元町あたりをうろうろしていると
「どうやら試合に負けたらしい
 高校野球の選手諸君が
 帰る前に神戸の街を散策している」
らしい姿を見かけます。
真っ黒に日焼けした坊主頭の校名入りジャージ姿。
見かけるたびに
「でかっ! んでもって黒っ!」と思います。
皆さん、よく鍛えていらっしゃる。
また、大阪市内にある
我が社の近所に大きな公園があります。
公園近くのホテルに宿泊している選手諸君が
素振りをしているのを
残業帰りに見かけることもあります。
「明日に備えてがんばれ」
こっそりつぶやいています。
通勤で通るJR大阪駅のホームでは
甲子園まで応援に来た
地元の方々と思しき団体を見かけます。
首にタオルを巻いて帽子を被って
(それもなぜかチューリップハットが多い)
お国訛りでしゃべっているのを見ると、
勝ったのか負けたのかはわからないけど
「応援やり遂げた」感がにじみ出ています。
そういえば、「♪セントマイケル〜」の校歌
きけなくって残念でした。
(兵庫県・ぽち)
試合が終わったあとも、
甲子園ならではの風景があるのですね。
チューリップハットが多いことに関しては、
ぼくもずっと不思議に思ってました。
かさばらないから? 安価だから?
大量にそろえやすいから? なんとなく?
実は私、高校のときに甲子園に出ました!!
といっても、選手でもマネージャーでもなく、
入場行進の演奏でですが。
あの入場行進の演奏は、
大阪府と兵庫県の高校生が
毎年交代で演奏しているんです。知ってましたか?
私が高校2年生の年の大会が、
ちょうど記念大会でそのときから大阪府は
演奏者がオーディション制になったんです。
それまで3年生が無条件に出場していたので、
本来なら私は出れなかったんですが、
オーディション制になったおかげで出場できました♪
炎天下の入場行進。
一般の人はきっと選手しか見ていないでしょうが、
少し耳を澄まして演奏を聴いてあげてください。
普段、交流のない複数の学校の生徒たちが
少ない練習時間で頑張って練習した演奏を。
(大阪府・らっぱ吹き)
へえ、オーディションで選ばれるんですね。
プラカードを持つ人、
入場行進のテーマを演奏する人、
いろんな人が夏の甲子園開幕を待っています。
開会式の思い出をもうひとつ。
今年81歳になる私の母は、
結婚するまえは兵庫県西宮市に住んでいました。
戦後まもなくの母は当時20代前半、
小学校教師をしながら
「朝日コーラス」の一員でした。
常任指揮者は故朝比奈隆さんだったそうです。
そのころ高校野球の開会式で
合唱するというアルバイトがあって、
報酬はカレーライス。
まだまだ食料事情がわるいころで、
そのカレーライスがうれしくてうれしくて
歌いに行ったそうです。
高校生ではなくてプロの合唱団が
開会式で歌っていたのですね。
ちなみに甲子園は、十干十二支でいう
甲子(きのえね)にあたる
大正13年に造られたのでその名ですが、
母は甲子園と同じ大正13年生まれです。
(神奈川県・のんちゃん)
はーーーー、すごい。
60年前の思い出ってことですよね。
大正13年生まれのお母様は
どこの高校を応援されるのでしょうか。
さて、ここからは各県の代表校の情報を。

私の出身校は、神奈川県の桐光学園!
今年甲子園に出場します。
甲子園初出場(春の甲子園でした)は
私が大学生、弟が高校生のときでした。
母と2人で甲子園まで応援に行きました。
青いウェア、青いタオル、青い帽子。
あれ、「桐光カラー」って呼ぶんです。
そんでもって、学校のマークは
通称、「いったんもめん」です。
今年の甲子園。母から
「出場決まったよ!泊まりにいくね」というメール。
今では私は甲子園まで
電車で30分のところで社会人をしているのです。
私の在学中には夢だった甲子園出場が
大学生のときには現実になって、
社会人の今ではその甲子園の近くに住んでいる。
甲子園という定点から自分の人生を眺めているような、
不思議な感じがします。
母校が出場するのも、先生たちに会えるのも、
母が泊まりにくるのも、とにかくもう全部楽しみです。
校歌、歌うぞー!
(神奈川県応援・まゆ。)

ああ、母校が甲子園ですか。
なんてうらやましい。
しかも電車で30分で応援に行けるんですか。
母子で母校の応援ですか。
なんてうらやましい。
どうでもいいけど、
校章が「いったんもめん」なんですね。
サイトで確認しちゃいましたよ。
たしかに、「いったんもめん」かも‥‥。
激戦神奈川を勝ち抜いてきた高校のイメージが
ちょっとだけやわらかくなりました。



愛知県大会、187校の闘いは、
愛工大名電の優勝で決まりました。
ここは、イチロー選手(マリナーズ)、
工藤投手(巨人)、山崎選手(楽天)などの
プロ野球選手を輩出した強豪校です。
今年の主軸は堂上選手。
決勝戦でも、打った瞬間にわかるほどの
見事な3ランHRを、
だだっ広いナゴヤドームで放ちました。
彼の父上は中日ドラゴンズで投手として活躍され、
現在はドラゴンズの独身寮の寮長さん。
兄上も現在、中日ドラゴンズで
選手としてがんばっています。
そんな野球一家に育った彼、注目ですよ。
(愛知県応援・うさきち)

愛知県からは、春の選抜大会の覇者、
愛工大名電が貫禄の勝ち名乗り!
まちがいなく優勝候補校のひとつでしょう。
そして野球一家に育ったという堂上選手。
調べてみますと、愛知県大会では
打率5割9分。打点13。ホームラン3本。
しかも2年生だというから驚きです。

世間は夏休みに入り、高校野球という熱い話題も
ずいぶん盛り上がってきましたね。
私は、長野県の地方紙で記者をしていまして、
県大会は初戦からずっと取材をしていました。
今回長野県代表で出場する松商学園の地元です。
一般読者の視点とはちょっと違うかもしれませんが、
とりあえず松商学園情報をいくつかあげてみますね。
・地元では当然、有名な強豪校。
 33回目の出場は史上最多タイ
 (もう1校は南北海道の北海高校)。
・強豪校ながら、今回はノーシードから。
 大会前の下馬評でも、
 優勝候補を有力順に並べて5番目くらいに
 やっと名前が出る程度でした。
・「土手ファン」というのがいる。
 近所のおじさんなどだと思われます。
 松商のグラウンド脇の土手にある木陰のベンチで、
 いつも練習や練習試合を見てます。
 飲み物とかウチワ持参で。
 もちろん公式戦も入場料を払って毎回見に行きます。
 追っかけのようなものです。
 毎年の選手の名前や、
 過去のチーム戦績にも詳しいです。
 チームへの愛情が強い分、コメントはかなり辛口。
・野球部の寮のおばちゃんの作る
 ハヤシライスが、すごく美味しい。
 選手紹介用のインタビューで
 好きな食べ物を聞いたら、
 これを挙げた選手が何人か。
 「あれは1回食う価値ありますよ」
 なんて勧められました‥‥。
・野球とは関係ないけど、
 学校がドラマ『白線流し』の舞台となり、
 主人公たちが通う高校としてロケに使用されました。
とりあえずこんなところでしょうか。
ちなみにわたくしも取材のため、
4日ころから甲子園入りする予定です。
5年ぶりとあって、地元の期待も高まっているので、
市民の気持ちに応えられるような
いい取材をしてきたいと思います!
(長野県応援・skyvodka)

うわあ、本職の人の取材だ。
いいんですか、こんなに情報くれて。
しかし、松商学園情報はこれでばっちりです。
とかく「33度目の出場」ということが
クローズアップされがちな松商学園ですが、
「ほぼ日」としては以下のふたつに注目です。
・寮のおばちゃんの作るハヤシライスがうまい!
・ドラマ『白線流し』のロケ地!
ノーシードから上がってきたとは知りませんでした。
また応援したくなる高校が増えたなあ。



高校野球、ほとんど見たことなかったのですが、
このページの楽しさに思わず
『甲子園への道』(『熱闘甲子園』の地方版)
を見ました。
気になるキャラクターも見つかりました。
高知の明徳義塾の120kgオーバーの
スラッガーくん(名前失念、すみません)。
「腹減った〜」と言っては、
学食で食べる食べる‥‥。
でも、ホームラン数もすごいという
21世紀のドカベン香川くんです。
(もと)

これは気になる、ということで調べてみたところ、
どうやらその選手は中田亮二くん。
公式資料では体重121キロとなってました。
大会前の数字ですが、
公式戦76試合で30本塁打(高校通算39本塁打)
というスラッガーでプロも注目しているとか。
しかも、巨体に似合わず(失礼)俊敏で、
50メートル走は6秒4。すげえ!
どうでもいいけど最近は、巨体のスラッガーを
「ドカベン」と呼ばずに
「おかわりくん」(西武・中村選手の愛称)
と呼ぶみたいですね。時代の流れかしら。

28日の昼下がり、
つけっ放しのテレビの音で目が覚めたところ、
埼玉県の決勝戦、
春日部共栄VS埼玉栄の熱戦中でした。
ほぼ日で甲子園特集組んでるなぁ、と思いながら、
テレビをつけたままで、
洗濯機を回したり流しを片付けたりしていました。
ふとテレビを見ると、1−4、
春日部共栄3点ビハインドで迎えた9回の表、
ツーアウト満塁‥‥‥‥満塁!?
長打が出れば同点、ホームランなら逆転という場面に、
バッターはキャプテン! ピッチャーは3連投らしい。
ボール先行して2ボール1ストライク
‥‥2ストライク‥‥。
もうだめっ、見ていられない、
とテレビを消し、出かけてしまいました。
結果がどうなったのか分からないまま今日まで過ごし、
先程ほぼ日でこわごわ確認いたしました。
春日部共栄が逆転したのですね。
熱戦お疲れ様でした。
(とこ)

「もうだめっ、見ていられない」
という気持ち、わかりますわかります。
ていうか、それが甲子園の表裏一体の醍醐味。
ぼくがはっきりと覚えている
「もうだめっ、見ていられない」は、
たいへん古い話で恐縮ですが、
1979年夏の箕島対池田の決勝戦。
当時小学生で、徳島県に住んでいた僕は、
地元の高校が初めて決勝戦に出るというので
たいへん興奮しながら観ていたのですが、
中盤終わって3−1とリードしているのに、
なぜか「負ける予感」がひしひし。
(そういうことってありますよね?)
「もうだめっ、見ていられない」と思いつつ
あわあわしながらテレビの前で過ごし、
ものの見事に8回裏に逆転されて
全身の力が抜けたことを覚えてます。
あのころの箕島はほんっとに強かったなあ。
さらに脱線してしまいますが、
ぼくは、その時代に受けた印象が強いもので、
甲子園に池田高校が出場するときは、
自分がどこに住んでいようと
とにかく池田高校を応援してしまうのです。
思わずよけいな話を書いてしまいましたが、
みなさまからのメール、まだまだ募集しています。
ちなみに、ちょっとした情報は、
上の地図のなかにどんどん追加していきますので
ときどきのぞいてみてくださいね。
それでは、ぬばたまのさんの
甲子園近郊情報です!
いよいよはじまるんだなあという
わくわくするレポートですよ!



甲子園球場へいらっしゃるなら。
byぬばたまの

古くから続くコーナー
「今日のダンナ」の常連投稿者として
一般の読者にもファンの多い「ぬばたまの」さん。
なんでも、甲子園球場のすぐそばに
住んでいらっしゃるということで、
甲子園球場周辺のレポートをお願いしちゃいました。

第6回「開幕を待つ甲子園球場」

永田様、みなさま、こんにちは。
ついにすべての代表が揃いましたね。

雨上がりの7月31日(日)午後。
しばらくホームを留守にする
阪神タイガースの選手に声援を送るべく
甲子園球場に集まった人、人、人。
ナイトゲーム開始のかなり前から
球場周辺はファンの方々の熱気に
包まれていました。

一夜明けた8月1日(月)の朝。
9時に甲子園球場のサイレンがなりました。
甲子園筋に停車した車からは
大きなカメラを担いだ人たちが降り
球場へと向かっていきました。
球場南側の道路上のジェット風船は
あらかた片付けられていましたが
球場の柵の内側にはまだ
色とりどりの風船がそこここに。
清掃車が柵の内側を通り過ぎていく横では
肩掛け式の清掃用具を持った係員の方々が
風圧でゴミを一箇所に集めていました。
何台かの大型機械を扱うと思しき車が
球場を取り囲むようにして
作業の準備をしていました。

球場の北側、国道43号線の高架下には
大型バスが停車していました。
一番球場よりに停車していたのは
11時から公式練習が始まる佐賀商のバス。
バスから降りてきたユニフォーム姿の球児たちは
きびきびと荷物を一箇所にまとめていました。
ほんとうに笑顔が爽やかです。

高架の反対側に停車したバスからも
ユニフォーム姿の球児たちが降りてきました。
彼らは側道を渡り
駅前広場の一角にある記念碑の前で整列し
熱心にその記念碑を見ていました。
そのまわりをカメラやメモを手にした
記者の方々がとりまいていました。
球児たちが降りたあとで
バスに近づいてみると
バスの一番前の座席に
大きな大きな片目のダルマが。
12時30分から公式練習が始まる前橋商です。

国道43号線の高架下には
いままさに球場で公式練習をしている
姫路工のバスをはじめ
9時20分の時点で合計6台のバスが
停車していました。

昨日7月31日から始まった公式練習。
初日は4校、本日8月1日は16校。
もしかすると夕立が来るかもしれない
暑い暑い夏の日です。
選手の皆様、関係者の皆様、
体調に気をつけて練習に励んでくださいね。

それではまた。
Illustration:澤田 圭
2005-08-03-WED
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