Kuma
クマちゃんからの便り

北極レポート・・・6  
サイナラアザラシ
 

アザラシと浮遊した流氷群のマドレーヌ島を発つ日だ。
氷は離岸をはじめてアザラシの季節は、数日で去るだろう。

明後日で閉鎖されるこのホテルにはもう客は居ない。
トランクに腰掛けて
ホテルのロビーで空港行きのバスを待っていた。
二メートル近い青い目の男がロビーに入ってきた。
先日、この小さな町の船具屋で
オレが買った防寒靴と同じモノを履いている。
履き込んだグリーンのゴムに
乾いている無数の血痕はここ二,三日の出来事だろう。
男の手は白いけど巨大である。
こんな野郎と殴りあうと痛いだろうなと思った。
しかし、オレは涼しげなBLUEの眼に誠実も感じた。
しっかりした40過ぎの大人の顔をしている。
オレの視線を感じたようだ。
「やあ、オレはジャパンから来たKUMAという者だ」
軽く上げたオレの掌に、男の掌が迫って来た。
タテゴトアザラシのヒレほどある本当にデカイ手だった。
しかも硬い。漁師の手に違 いなかった。
「アンタ漁師だろう」
やっぱし、この地で35年間漁師をやっているという。
今年は西風が吹くのが早くて氷が流されるのが早くて、
漁も繰り上げていつもより早 く始めたらしい。
まだ小さいアザラシ一頭の肉は、5Kgほどだという。
「それはアザラシのだろう」靴の血を指差した。
「そうだ。一昨日、昨日で俺は200頭獲ったんだ」
「棍棒かい」
「鉄砲は撃ちし損じたりして苦しませてしまう。
 伝統的な棍棒がピンポイントで
 命中出来るからいちばんだよ」
「200打数の初球を全部ヒットさせるのは、
 凄い打率だな」
「アメリカの野球ゲームなぞと一緒にするなよ。
 これが俺たちの生活なんだ」
氷で閉ざされて鱈やロブスター漁が出来ない彼等の冬に、
氷に載って運ばれてくる自然の恵みだと確信しているのだ。


棍棒で小さな白球を叩くたびに何億にもなるという
イチローという男のことを喋る
ニュースキャスターまでもが、
野球ゲームに一喜一憂している様は
子供っぽくて微笑ましいが、
野球にも興味がないオレには、
昨日の爺ィの自慢話に似た物足りなさを感じる。
男が気持ちがイイほど誠実な漁師に見えた。
オレは、山梨の猟師から貰うイノシシ鍋の話をしてから、
右肘を股間に置き、コブシを突き上げて
イノシシ鍋の精の強さを自慢した。
男はやっとニヤリと微笑み同じ仕草で、
アザラシの強さを誇った。
コブシの大きさでオレは負けたような気がした。
「昨日は、お前ン家に呼ばれてアザラシ喰いたかったな」
「ウン。昨日は漁に出ていたし、
 これからアザラシのランチだ」
もっとこの男を話していたかった。
「オレはこれからモントリオールに戻ってから、
今度はオーロラの光りを見に行くん だ」
「ここでもそんなモノ時々見えるさ。
俺はこれから船に戻って仲間と、
昨日獲ったば かりのアザラシを喰うんだ」
男にとってオーロラなぞ
単なる夕焼けみたいな自然現象でしかなく、
そんなモノをわざわざゼニとジカンを使って
見に行くことは信じられない風だった。
オレもそうかもしれないと思った。
「イイ漁になるよ、今日も」
デッカイ掌と握手した。氷の割目の色した眼が笑った。
「氷の上では足元ばかり見ているとトンでもない目に逢う。
だから10フィート先に目をやって歩くんだよ」
オレはさっそく、その歩き方でバスに向かった。

北極浮遊・・・6 

小さなプロペラ機の座席に身を固まらせて、
各港着陸でモントリオールまで五時間ちかく。
せめて15分から30分の着陸時間に、
空港の玄関外でハイライト一服。
夜、 8時到着だ。飛行中は、ただひたすら、
ジャパン食、ラーメン・ライスかウドンか、 ソバか。
とにかく、東洋の汁モノにありつけるイメージで
耐えていた。
明日はまた早朝の飛行機でオーロラ方面に出発だから、
時間はない。ホテルからダウ ンタウンにタクシー。
何とかひらがな看板の寿司レストラン。
入るなり暗めの照明の 店内にはカナダ人がウヨウヨ。
案内された二階の小部屋。ヤバイゾ、コリャァ。
漢字 のこれ見よがしのメニュー。
ヘルシー志向の西洋人相手の商いで、
ダイエット食品と しての寿司だ。
どうりで、着飾ったデブのご婦人方が多かった。
それにこう暗くちゃあ、
ネタの色も分らんし美味いはずもない。
「ここはジャパニーズの来る店ではないようだな」
注文取りのボーイに言った。
「そのようですね。タクシー呼びましょうか」
感のイイやつは気持ちもイイ。
「そうしてくれ」
そこから10分ほど走ったジャパニーズ屋だ。
ここはカナダ人の若い娘が注文を取りに来た。
感じのイイ娘だったが、
黒いのタンクトップを着たレジの娘は真っ白の肌。
乳のつけ根まで艶かしいコノヤロウだ。
アザラシを喰いすぎている今のオレには酷過 ぎる。
エビ天麩羅ソバを喰った。
汁が喉から落ちて胃袋の中から全身に染み渡った。
今はエロより温かい汁が有難い。
オレは唾液が多い方だと思うが、
だんだん歳をとる とパンのメシがあまり続くと、
心までパサパサして来るようだ。
東洋人はやっぱり水 分が必要なのかな。
久しぶりのジャパン食で日本酒を熱燗で呑んだ。
寒いところで固まっていた細胞まで解れて眠くなvった。
タクシーですでに眠ってしまい起こされる。
寝ぼけたまま部屋 に辿り付いて、
そのまま床に倒れて眠った。
朝4時、気持ちのイイ目覚め。

2001-03-20-TUE

KUMA
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