北極レポート・・・8 まだオーロラは現れず
この辺りは原油を含んだ土、オイルサンドの大地である。
世界の名立たる石油会社も乗り込んで
掘出しては精製して石油にしている。
石油のお陰でホテルや事業を成功させているネイテブもいる。
オレより幾つか余計に生きてきたディック・ドラゴンは、
63年間の眉毛が眼に被さるほど長く、
遠近両用のメガネをかけた頑固そうな顔だが、
名前の割には温和で質素なヒトだ。
彼等の祖先も遠いムカシはアジア大陸から
ベーリング海を渡ったモンゴロイドなのだろう。
オレは今でも尻ッペタに8ミリほどの蒙古班を残している
完璧なモンゴロイドだが、
「ドラゴンもそうか」と訊いてみた。
「俺にはそんなモノは残ってない」と不思議そうな顔をした。
祖先はこの辺りで狩をして生きていたネイテヴの母と、
フランスの混血だという。
生活も白人に規制され混血の繰り返しで
モンゴロイドの面影は消え青い目のドラゴンは、
釣りの名人だ。
モンゴロイドの別の一派は、ここの留まらずに
南米にまで旅をして色濃く残っている。
オレはこの世にKUMA'S BLUEを創りに
浮遊してきた、道草の多いモンゴロイドだ。
彼の運転で45分ほど走ると、氷結した広大な湖にでた。
どうやら湖のグルリを松林が囲んでいるようだ。
倒れている太い松の切り口は斧で飛ばしたような円錐で、
ネイテブ・インデアンの仕事かなと思ったら、
ビーバーが歯で齧り倒したのだとドラゴンが、
ビーバーダムを指差す。イイ仕事をするじゃないか。
湖の上をさらに車で走る。どこがポイントやら。
雪で覆われ見渡す限り音のない白と青だ。
ドラゴンがエンジン付のドリルで
25センチ径の穴を貫通させた。
透通った水が噴上げた。
1メートルの分厚い氷である。また音のない世界に戻った。
目玉が点いた小さな鈎が付いた鉛のヘッドに、
殻がしっかりしたオレンジ色の松喰い虫をつけて穴に落とし、
静かに待つ。たちまち25センチの湖面に張った薄氷を、
大きな穴空きオタマで掻き出す。
時々、ラインに小さなアクションを与える。
「虹鱒の湖だ。一人5匹まで持ち帰れる」
「じゃあ、すぐ帰らなくちゃナ。
エンジンは切らなくてもイイんじゃないか」
ドラゴンは黙ってエンジンを切ったから、
また静かな湖上の釣りジカンになった。
大きな空に大きなクッキリとした雲が湧いてきた。
何ともシミジミとした釣りの原点なのだが、
反応がないまま広大な空気の一部になっていく。
エンジンを切った理由がわかった。
『旅人よ、こうしてたまにはボンヤリとしながら、
大空と水底に挟まれて過ごしているコトを思い出しなさい』
と言うコトなのだろう。
曇ってきた。今夜もオーロラは出ないのか。その時だ。
グルグルグルッ。ヨシッ。合わせた。
30センチオーヴァーの天然の虹鱒が
美しい赤い横腹を輝かせて氷の上で跳ねている。
どんな不機嫌な男でもこの一瞬が来たら、
顔の筋肉がほころびる。
モンゴロイドも混血ネイテブも笑った。
しかし、寒いジカンがまた始まり強張った顔はその後、
再びほころびることはなかった。
夕方になりドラゴンが
「明日はパイクを釣りに行くかい」と言う。
「そうだな、オレは虹鱒は喰わないが、
パイクは大好物なんだよ」と言って見上げた空は、
一面雲に覆われていた。
オーロラは、メインデッシュではなく、
前菜のオカズみたいなモノだ。
パック旅行の元を取ろうと、
必死で残り少ない日数をオーロラに託すなんぞは、
釣りのジカンを知らないヒトのやることだ。
アザラシ漁師の男は、今日も棍棒を振って
打率を伸ばしているのだろう。
オレの頭蓋には、オーロラより巨大なパイクが
ユラリと泳いだ。
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