Kuma
クマちゃんからの便り

アルベデルチーチャオ、
OGINO! IZUMI!

HELLO! I am KUMA!

乙女チックなベッドで目を覚ますと、
いよいよイタリア浮遊も最後の日になった。
コモ湖は冷たい雨である。みんなはまだ眠っているようだ。
晴れていれば優しいだろう対岸の崖は、
青味がかった灰色にけぶって荒々しい景色になっているが、
オレはこっちの景色の方が好みである。
たった十日ほどなのに、夢のジカンを漂っていたのか、
何だかムカシからここに居るような錯覚だった。
少し寒いテラスに出て<イタリア浮遊>の日々を
頭蓋内にプレイバックしていた。
こんなジカン経過に浮遊したのは初めてのような気がした。
また、年内にゼニを算段してイタリアに来るだろう。
イヤ、来なくてはならない。

小雨の中で剃髪だ。
庭の生垣のジャスミンの葉に溜まった天水を
掌に集めてスキンヘッドにすり込んで、
シェイビングクリームを塗り、いつものように剃りはじめた。
天から降りてきたばかりの冷たい水が、
頭蓋内に沁みていくようだった。
剃髪を済ませ湖に下りて口をゆすぎ頭を洗った。
そこの磁場を呼び込むオレだけの儀式である。
ケンドーがいつの間にかテラスからニヤニヤと見ていた。
「見るんじゃねぇ」。
オレは対岸の荒々しい崖をしばらく眺めながら、
新しくなった頭蓋にこれからの事を巡らせていたのだった。

今日の朝食もIZUMIさんがクロワッサンとコーヒー、
野菜を炒めたモノを用意してくれた。
Mr.OGINOとは会って間もないのに
話が弾んだイイ朝だった。
「これからブレシアにいくから。
 水野氏もそこで落ち合うんだ」と言う。
「オレ達が明日成田へ戻るチケットは、
 ヴェネチアからスルーで買っているから」
「一緒に行こう。<ミッレ・ミリア>という
 クラシックカーのラリーレースのスタート地点なんだ。
 水野さんもそれに参加…」
「そうだったんだ夫婦でねぇ」
ブレシアはミラノとヴェネチアの間ぐらいにある。
ブレシア、ローマ間1000kmを往復するラリー形式で、
決められた区間を、決められた時間で走るレースらしい。
オレは車の運転も出来ないし、興味もなかった。
「日本から友人達が参加するので私たちは応援に行くの。
 ブレシアから列車にのって
 一時間半ぐらいでヴェネチアだから、
 一緒に行きましょう」
IZUMIさんは忙しくても失わないチャーミングな笑顔を
周りのヒトに放射する。
「OK! そうします」
オレは二つ返事だった。
ブレシアはこのレース以外に何もない町で、
スタートは明後日十七日だ。
続々と各国から参加者がホテルに集結していた。
水野さんもついに真っ赤な車で現れた。
「アレで出るのかなー」
ケンドーが呟いた。
クラッシクカーのラインだが新しく見えた。
思わず
「アレデデルチー!」
オレは叫んでしまった。
「イヤイヤ、参加するのは別の車さ。
 夕メシは一緒するんだろう」
水野氏が無精髭でニコニコ言う。
「明日朝東京に戻るから、
 今日中にヴェネチアに帰るんだ、残念だけど」
オレは自分のヴェネチアでの個展について
昨晩と同じ説明を念をおした。
単なる成り上りの車好きではない。
五千万は下らない車を買い、
それと同じ以上のゼニをかけて
ネジ一本まで作りメンテナンスし、走らせるのだ。
そんな車を何台も修理制作しているガレージが幾つもあり、
あまりの事に眩暈がしてきた。
新宿から来ていたコジマ氏の車があるガレージに
皆で出掛けた。
日本からのメカニックも大勢連れてくるのだと言う。
メンテ済みの車に、Mr.OGINO、IZUMI夫妻も
記念にシートにおさまった。
オレも、ちゃっかりおさりケンドーにデジカメを撮らせた。



メカニックと一緒にいた中年のヒトが
「テレビで安治での巨大ガラスのインスタレーション
 見ました、突然失礼ですがファンです」
と話しかけてきた。
「この部分は自分がNASAに相談してつくったモノです」
技師らしく実直に言う。
自分に誇りを持った彼もマエストロだ。
「実験では400℃なら耐えられます」
「1000℃に耐えたいのだが…」
オレはKILNキャスティングの材料に頭蓋がいっていた。
「それも何とかなるでしょう」
早速名刺を交換して東京での再会を約束した。
「材料が残っていますから、どーぞ使ってください。
 出来ることなら応援しますよ」
イイところで会えた。
興味のなかった出来事からさえ味方にしてしまうのだ。
傍でIZUMIさんが
「よかったね」
と微笑んだ。

オレとケンドーはブレシア駅まで送ってもらった。
「本当に感謝してるよ、アリガトウ。年内にまた来ます」
Mr.OGINOの掌を握った。
「頑張ってください。待ってます」
「IZUMIさんから戴いたこんなイイジカン、
 オレの大きな新しいヒカリの力になったよ。アリガトウ」
OGINOさん夫妻のアウディは、
またブレシアに走り去った。

ケンドーと寂しい駅前の立ち喰いピザ屋で、
ゼニを数えながらメシにした。
雨のヴェネチアには十時着。
二人して石畳をホテルに戻った。
明日朝六時半に裏の水路に水上タクシーが迎えにくる。

2001-05-19-SAT

KUMA
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