Kuma
クマちゃんからの便り

南洋通信 その1


異常なクソ暑さの東京から南に六時間直下、
かってイギリスの植民地マレーシア、ペナン島にいる。
分厚い光合成の植物が繁って季節が二つしかなく、
暑くて蒸し暑い時と、
もっと暑くて物凄く蒸し暑い時だと言う。
どっちにしても暑い熱帯だ。
オレは熱帯とは相性がイイが、
三月に北極、今、熱帯を浮遊するなぞ気違い沙汰だ。
ジミィー・リムの建築事務所はクアラルンプールにあるが、
このペナン島出身の五十六歳、
声のデカイがガタイも大きい元気な華人である。

NHK−BS2のスペシャル番組
<亜細亜的快適生活のススメ>の
マレーシア編とやらの取材ロケだ。
彼は、オヤジさんの家がある大きな敷地に、
解体した廃材を使って個性的な増殖する建築を
実験しながら建てているのだ。

天に向かってズンズン伸びているような建物は、
今なお縦にも横にも伸びている。
しかも熱帯の植物に覆われているのはイイのだが、
蚊もすごい。スプレーで追い払う。
建物の隙間に垂直に立っている太い配水管に、
オレが<天水>を受け<風>を捕える
彫刻してやることにした。
この街でスクラップを探して
久しぶりに鉄でゲージツをしてみるかい!
それにしても蚊との闘いも大変だろうナ。



人種もさまざま。
マレー人、華人、印度人、その他。
宗教もイスラム、ヒンドゥー、キリスト教、
いろいろ取り揃ろっている。
牛を喰ってはイケナイ人、豚がダメな人、
厳しく制限があるらしい。
圧倒的に多いのがチャイニーズレストラン。
そこにマレーシア人は入れない。
中華料理には豚肉が欠かせないから、
イスラム教徒は絶対に近寄ってはイケナイ場所なのだ。
今日はテレビ・スタッフと中国人のコーディネーターと
中華レストランで晩飯。
アヒル、イカ、モヤシ入りカニスープ、
焼き鱈の煮込みとご飯とアッサリ済ました。
コーディネーターはクワラルンプール郊外の田舎出だ。
少し前、近所の川岸で大きなイグアナが
アヒルを喰うのを見たと言う。
「それはイグアナではない、コモドトカゲだろう」
「イヤ、トカゲではない」と言い張り、
レストランの床に四つん這いになり歩き方を真似て這い回る。
「だからそれはコモドトカゲと言うんだ」オレも言い張った。
熱帯では北半球でどうでもイイことにムキになったりする。
中国人は引かない。
北半球から来たオレは少しお兄さん。
「分かったから、もう椅子に戻れよ。それで喰ったのか」
「中国人は喰わないが、インド人がカレーにして喰った」
通訳の亭主はインド人だから、
「そんなはずは無い」とばっちりを跳ね除けた。
「でも机以外の動物は食うだろうが」とオレは問う。
「そう、背中を天に向けて歩くものは喰う」
「じゃあ、ハイハイ四つん這いの赤ん坊は美味かったのか」中国人は笑い出して
「まだ毛が生えてないネズミの赤ん坊をツルンと呑んだ」
アッサリしたモノを喰いながら濃い食物の話だった。




『蔓草のコクピット』
(つるくさのこくぴっと)
篠原勝之著
文芸春秋刊
定価 本体1619円+税
ISBN4-16-320130-0
クマさんの書き下ろし小説集です。
表題作「蔓草のコクピット」ほか
「セントー的ヨクジョー絵画」
「トタンの又三郎」など8編収録。
カバー絵は、クマさん画の
状況劇場ポスターの原画「唐十郎版・風の又三郎」です。

2001-07-31-TUE

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