クマちゃんからの便り |
南洋通信 その2 坊主頭、Tシャツ、半ズボンの ジミィー・リムって建築家は面白い男だ。 熱帯植物が繁るなかに ジャングル・ハウスの増殖を実験しながら棲息しているのだ。 廃材ばかりで構築していくジャングル・ハウスには エアコンは一切使わない。 彼の哲学は、環境に優しいなぞと 題目ばかりのチンケな建築家とは大違いである。 ゲージツ家はこの建築家のシゴトぶりを眺めながら、 もちろん頭蓋内の特性の違いは分かったうえで 同じ気配を感じた。 ヒトによっては、食物市場や女を求めるコトが、 その国を知る一番の方法だと聞いたことがある。 オレの方法は今でも何処の国へ行っても まずスクラップ屋を覗くことだ。 ジミィーとペナンのスクラップ屋を巡った。 しかし、ほとんどが工事現場に余剰になっていた錆びた鉄板、 鉄筋、パイプの類いだ。 それでなかったら、自動車の解体部品、 大量に生産された工業製品、 累々たるツマラナイプラスチック。 あまりのツマラナさに、 炎天の下でオレは絶望に近いものを感じていた。 イヤ、オレには絶望するほどの希望なぞ無かったワイ。 土曜日の午後はフルフェイスのヘルメットを被った 二人乗りしたカブが溢れていて、 風を全身に感じるチャリンコはほとんどいないではないか。 そうだ、<風の家>に風の記憶を持った チャリンコのリムを使ったオブジェを創るのだ。 そんなスクラップ屋があることに念じた。 あった! インド人の店に錆びたチャリンコが横たわっていた。 リムはピカピカだ。 オレはアセチレンバーナーを借りて フレームやハンドルを溶断しる傍で、 華人のジミィーは半ズボンのポケットから ゼニ札をちらつかせド迫の価格設定。 インド人は笑って拒否。華人吼える。 インド人無視。沈黙、数秒…。 華人は新しい価格を提示、 インド人が振向きゼニ札が増えたのをチラリと確認して、 笑顔が戻る。 華人はすかさず、傍に横倒しになっていた 古い木の机も含めてだと言った。 インド人が負けた。 オレは二人の遣り取りに、 ロシア国境でスクラップの交渉をしたのを思い出していた。 これだけの材料で、オレは明日一日、 彼のジャングル・ハウスに、 風を呼ぶオブジェを増殖させることにしたのだ。 『蔓草のコクピット』 (つるくさのこくぴっと) 篠原勝之著 文芸春秋刊 定価 本体1619円+税 ISBN4-16-320130-0 クマさんの書き下ろし小説集です。 表題作「蔓草のコクピット」ほか 「セントー的ヨクジョー絵画」 「トタンの又三郎」など8編収録。 カバー絵は、クマさん画の 状況劇場ポスターの原画「唐十郎版・風の又三郎」です。 |
2001-08-01-WED
戻る |