クマちゃんからの便り |
南洋通信 その3 鉄はオレの身体をオヴァーヒートさせる物質だ。 昨夜は作る<風のイメージ>が頭蓋内に蔓延して ほとんど眠らなかった。 朝、八時ジミィー邸。 木の廃材で階段から部屋そして次のスペースまで階段と、 bラセンを描いて上昇するジミィー建築。 温度差で発生した風が吹き抜けている。 ヤツは熱帯の風を産む詩人なのだろう。 さっそく昨日やっと集めたチャリンコの車輪から タイヤを外してリムだけにした。 スポークに四枚から八枚の羽根を着けるのだ。 速度を記憶したスクラップを、風を捉える回転装置にして、 彼の建築とコラボレーシ ョンするのだ。 小便する間もなく、オレの身体の全ての毛穴から たちまち南洋の水分を盛大に噴出していた。 摂っては噴出し滴り落ちる水の循環装置。 ところが、どうしたんだ溶接機、 しっかりしろよ溶断バーナー。 パワーが出ないのだ。 しかも今日は日曜日。 昨日購入した工具屋は休みときた。 今日一日しかオレにはジカンが無いんだ。 オレのゲージツは、 どうして厄介な方向へ向かってしまうのだろう。 サハラ砂漠でもそうだった。 モンゴル草原でもそうだった。 過酷な使い方するオレのせいだけではなく、 いい加減な代物だったのだ。 哀しい時ほど手を動かしていると、 新しいアイデアが訪れて来るのがオレの常である。 何としても、スクラップを<風の詩>に再生するのだ。 マレー人の老職人、バングラデッシュからの出稼ぎ職人 ふたりがオレの手元である。 何とか全ての道具を完璧にして、 ゲージツを開始したのは昼過ぎになった。 哀しいほどの原始的な自分の身体を使って、 手元たちにオレの頭蓋内のパッションを伝え 失ったジカンを埋めた。 言葉も習慣も違うヒト等を巻き込んで、 南洋の鉄の叙事詩が遅々として出来ていく。 コトバのパーツはほとんど出来上がったときは すでに、蝙蝠が飛び交う夕方、 辺りは真っ暗闇になっていた。 風の樹に、それらを取り付けるにはあまりに危険だった。 ディレクターがクワラルンプールへの出発予定を 遅らせてくれ、明日朝七時から開始して 完成させることにした。 その後、五時間かけて車で移動だ。 時々現れてはオレの仕事を眺め、 「イイ、あんたの考えが伝わってくるよ」と言い残し しばらく姿を見せなかったジミィーが嬉しそうに戻ってきた。 「直径二メートルの船のスクリューを見つけた、 明日届くんだよ」 「どうするんだ」 「あんたの風の樹の根っこの一階の部分に、取り付けるんだ」 「そうか水のメモリーを持った回転だナ」 「そうだ、それが上空のKUMAの風の回転に 繋がっていくんだよ」 「いいコラボレーションになったナ、アリガトウ」 ゲージツ家と建築家は握手した。 賑わう屋台の群れでラーメンを喰い、 部屋に戻って溶接のヒカリでやられた眼を氷で冷やした。 明日朝までに俄か失明を回復させなくちゃなあ。 二時間ほど眠ったがドアボーイが 「ドアが半開きになっている」とオレを起こした。 まだ真夜中一時だった。 『蔓草のコクピット』 (つるくさのこくぴっと) 篠原勝之著 文芸春秋刊 定価 本体1619円+税 ISBN4-16-320130-0 クマさんの書き下ろし小説集です。 表題作「蔓草のコクピット」ほか 「セントー的ヨクジョー絵画」 「トタンの又三郎」など8編収録。 カバー絵は、クマさん画の 状況劇場ポスターの原画「唐十郎版・風の又三郎」です。 |
2001-08-03-FRI
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