Kuma
クマちゃんからの便り

南洋通信 その4

朝七時、ジミィー邸。残されたジカンは午前中いっぱい。
さっそく昨日創った風のコトバをつなぎ合わせる作業開始だ。
オレはビニール袋に氷を入れ眼に手当したお陰で
視力が回復していたが、
手元のバングラデッシュ人の眼は泣きはらしたように真っ赤、
火傷で手の皮膚は捲れた部分は白い。
勤勉な青年だ。
容赦なく照りつける恐ろしい青い炎天のもと、
あとは、ポールの先端に、
二メートルのメインの塔を引き上げて取り付けるのだ。
作業はロープと人力。
風の物語が完成出来上がった。
離れたところからジミィーと眺めた。
高い蘇鉄の葉の上から<風の樹>が突き出して、
それぞれ回転しはじめていた。
「イイね」
ジミィーがコドモの顔で言った。
「ハハアッ、想いどうりだったワイ。
 楽しかったぜ、アリガトウ」
書生をみんなクビにして大きなヒカリを創るシゴトは
オレ独りの作業だった。
久しぶりで何人かとの作業は気持ちよかった。
何より気の合う建築家とゲージツをやりとりした
コラボレーションは楽しかったのだ。
たまには短いジカンに集中したこんなシゴトはイイものだ。
「クリスマスに風のツリーを見に来ないか。
 好きな部屋をKUMAにあげるよ」
「悪くないな」
「そうだ、このタイトルは<MOTION>にしよう」
ジミィーが叫んだ。



水、風、人間の身体を巡る全てのモーションだ。
さあ撤収だ、片付けだ。バングラデッシュが近づいてきて、
「日本にジゴトないかなー」
「でもジャパンはどん底だよ。オレには余裕はないし…」
「俺が当たってみるよ」カメラが言った。
「知合いがバングラデッシュと結婚しているんだ」
昨日役立たずの溶接機は
中国人コーディネーターが買い取った。
野郎はオレのスクラップを収集した仕事ぶりを見ていて、
自分も何か始めようと思っているのだろうか。
「これからは眼に気をつけろよ」
ゴーグルの一個を、
勤勉だったもう独りのバングラデッシュ人に
褒美としてあげた。
博打好きの中国人はゲージツをするのではなく、
きっとどっかに高く売りつけるに違いないと思った。
その方が賢明だ。オレの真似したら地獄に堕ちるだけだ。

クワランプールにクーラーもあまり効かない
ワンボックスカーで六時間かかって走るのだ。
疲れてまどろむ。
もの凄い水音。
スコールで前が見えない。
初めて見た雨。
ハイウエーで衝突事故現場。
ずぶ濡れでクラッシュした車体を前に携帯電話の当事者。
イイスクラップになっていた。
今頃、<MOTION>の風の車は、
水車となって回っているのだろう。
太古からの雨と風の破壊と恵み。
ヒトは束の間生きて生産と消費。




『蔓草のコクピット』
(つるくさのこくぴっと)
篠原勝之著
文芸春秋刊
定価 本体1619円+税
ISBN4-16-320130-0
クマさんの書き下ろし小説集です。
表題作「蔓草のコクピット」ほか
「セントー的ヨクジョー絵画」
「トタンの又三郎」など8編収録。
カバー絵は、クマさん画の
状況劇場ポスターの原画「唐十郎版・風の又三郎」です。

2001-08-05-SUN

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