Kuma
クマちゃんからの便り

南洋通信 その5 胎内回帰

クアラルンプールのホテル。
いつもと変らず四時に起きて、朝の剃髪朝メシは抜く。
南洋に来てからは朝は水だけ にしている。
嗅覚の無いオレには、昼、夜の中華や、
マレイ、タイなどトロピカルばかりの味は美味いのだが、
淡白な汁モノで棲息しているオレにはかなわない。
朝は抜いたほうが調子がイイ。
共演の別所君と合流、八時ロケ出発。
味の割には淡白な都会クアラルンプールの景色だ。
テレビの番組では欠かせないのか、朝の市場を散策。
いろんな人種の胃袋を充たすモノが
華やかな色を競っている。
市場のなかを市場の隙間を黒猫が
ヨタヨタと食物をあさり、
足元の下水のあっちこっちで
ネズミがチョロチョロ水を飲み、浮いてきた残飯を漁る。
印度系の母子が商う魚屋の屋台。
一〇才ぐらいの可愛らしい少女が
大きな刃物でナマズの脳天を叩き、
首に半分刃を入れる。



鰓から指を入れて何かを引き出す。
どうやらここが毒袋らしい。
小さなの指を黄色い毒でぬらぬらさせた可愛らしい少女が、
澄んだ眼でオレを見て微 笑んだ。
彼女はナマズの毒を始末してから昼には何を喰うのだろう。
何度となくスコールのび、撮影が中止になる。
沿道の物売りは、雨の気配の風を感じれば、
商品を並べた敷物の四隅をまとめて担ぎ
ビルの軒下に避難して魔法瓶の茶を飲む。
ただスコールが通り過ぎるのを待つのだ。
スコールのたびにこうばん表を見詰めて
ジタバタするスタッフたち。
編集上は今日が初日になるのだが、
スケジュール的にペナンでのゲージツを先にした ので、
ジミィーと初めて会う感じで、
英語ぺらぺらの別所君とジミィーの建築事務所を訪ねた。
オレの中では昨日の<MOTION>の完成で
ホッとしている。
役者さんはこんなことは当たり前なんだろうが、
オレの日常にはジカンを遡って過ごすなぞ異常なことで、
ちょっと妙な気分である。
そんなワケで夜、始めて出会ったジミィーの自宅に
スタッフ共々招待された。
これがまた壮大な実験建築だった。
廃材で増殖する空間に血管のように樹木が這い、
隙間を持った階段がラセンに天に延 びている。
階段と階段は渡り廊下で繋がり
ジカンを含んだ民具のガラクタが
気持ちよく配置されている。
今はやりの骨董という成り上り者の貧しい趣味ではなく、
惜しげもないオブジェがふんだんにあるのだ。
しかも、空中にプールさえあり水面が
壁にスクリーンとなっている。
これも風の装置だったのだ。
オレは<ニルヴァーナ>の空間に入っていた。
昼間の日本食屋で買ったショーチューを呑んだ。
胎内回帰の心地酔いだった。

2001-08-06-MON

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