クマちゃんからの便り |
南洋通信 その9 クルーが変っても相変わらず 撮影順序は迷走しながら遡っている。 オレは何のことやらさっぱり分からないまま、 朝四時にはいつものように起きて原稿を打つ。 五時半にロケバス出発だ。 慌しくあっち行ったりこっち行ったりのロケ。 一時間かかって聖なるアグン山がクッキリと姿を現わす。 麓にあるブサギ寺院。 帰りは突然のスコール、村人は平気で歩いているのは、 すぐに止むことを知っているからだ。 少し行って、バリ画を一枚購入するつもりで画廊に寄る。 花鳥風月やのどかな田園風俗画、神話などは興味は無い。 二十数年前、この辺の画廊だったと思うが、 ジャングルで確かライオンが鹿を喰い 周りではそんなことを他所に 虫やニワトリやサルたちのオスメスが セックスに勤しんでいる絵を見て欲しかったのを覚えている。 探してやっと一枚だけ ジャングルの中でライオンが おびただしい血を流す水牛を喰っている絵があった。 周りではサルやニワトリやトカゲ 小鳥たちがざわめいている様子の絵は なかなか胸騒ぎの細密な絵である。 「それは二十五万円だね」 日本語の堪能な接客係りだ。 「話にならない」 オレは欲しかったが帰る振りをする。袂には十万握っていた。 「待ってよ、トモダチ値段を言って」 「そうだな、十万ってところだ」 「ワタシのトモダチ値段、二十万」と言う。 オレは『しもうた』と思った。最初が肝心だ。 昨日の夜、トッケイ(ヤモリの種類)が 幸運の奇数九回鳴いたから、 九万くらいに言っとけばよかったのだ。 スタートはここからだった。 「十万二〇〇〇円でどうだ」 オレは小さく刻んだ。 「十五万」 「十万四〇〇〇円」 「十三万、もうこれ以上はダメ」 泣きまねで言う。 オレは反対の袖に予備の一万円を入れてあった。 「なら十万五〇〇〇円でお仕舞。額縁はいらない。どうだ」 「額はもともとタダだけど、 十一万で最後のフレンドプライス」 上目使いで泣くまねだ。オレの袂を見抜きやがったな。 「仕方ない、これまでだ」 ヤロウはニヤリと笑った。マ、気に入った絵だからイイか。 夕方MADEの建築事務所兼工場兼自宅を訪ねた。 どうやら昨日渡したオレの画集の効き目が現れていた。 建築関係のパーティで画集を回して見せたところ 凄く評判が良かったとのことだ。 自分の工場で何かやってみないか、 何でも協力するからと言う。 オレは接近戦に強いのだ。 ミラノもこの調子にいけばイイのだが。 バリ島独特の砂岩で彫刻をすることにして 道具と石を揃えて貰って、夕方から創り始めた。 《KING OF PLANTS》植物の王だ。 始めのうち道具に慣れるまで手間取ったが、 メシ抜きで作業して五時間半掛かって目途がついたから、 今夜はMADEのゲストハウスに泊まることにした。 彼はBARIのフォアシイズンズHOTELの ランドスケープをやったのだ。 オヤジギャグさえなけりゃ、なかなかイイやつだわい。 『蔓草のコクピット』 (つるくさのこくぴっと) 篠原勝之著 文芸春秋刊 定価 本体1619円+税 ISBN4-16-320130-0 クマさんの書き下ろし小説集です。 表題作「蔓草のコクピット」ほか 「セントー的ヨクジョー絵画」 「トタンの又三郎」など8編収録。 カバー絵は、クマさん画の 状況劇場ポスターの原画「唐十郎版・風の又三郎」です。 |
2001-08-12-SUN
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