Kuma
クマちゃんからの便り

南洋通信 その10

MR.マディのゲストハウスは素晴らしかった。
これはスポンサーなどが来た時のショールームなんだろう。
石の彫刻に目途をつけた夜中
暗い熱帯植物の下に浮かび上がるプール。
オレは泳げない。七つの海でおぼれた男だ。
縁で水浴びして火照った身体をクールダウン。
黒い天蓋つきのベッドで眠りに落ちると、
ちかくの村から坂田明の声が風に乗って来た。
祭りの影絵の弁士の声だ。
オレはヒンドゥーの大叙事詩を描き始めたら
本当に眠ってしまった。



朝四時半気持ちよく目が覚めた。
オレの身体は熱帯のプランツ・パワーと相性がイイようで、
石を削る集中力も疲れているのに持続している。
オレの<くつろぎ>はゴウジャスな器ではないのだろう。
樹の根元の椅子一個で充分かもしれない。
起きぬけで直ぐに彫刻を始めた。
ロケバスの出発は八時まではかどった。
道すがら空中の<くつろぎ>スペースを巡らし、
アンチック屋を覗く。
何のインスピレーションもなし。
こんなモノは雑貨好き向けだった。
そう言えばいつの頃からか若いヒトの間で
<…テイスト>と言われ方が流行っているらしい。
BALIテイストのBALI島か。
今宵はオレには似合わないが、
マディが二年前に作った
田舎の景色のなかにあるリゾートに宿泊。
イイ宣伝だ。
少々高いせいか、ニッポン人はいない。
それにしてもゆったりしたなかなかのランドスケープだ。
広い風呂いっぱいにバラの花なぞ浮かんでいるじゃないか。
奥山譲とデナーのシーンだ。
オレはオンナとメシを喰うことに慣れてないから、
しかもこんな場所で本当に照れ臭かった。
それよりオレの滞在も明後日までになった。
オレの創る<くつろぎ>の空間はどうするんだ。




『蔓草のコクピット』
(つるくさのこくぴっと)
篠原勝之著
文芸春秋刊
定価 本体1619円+税
ISBN4-16-320130-0
クマさんの書き下ろし小説集です。
表題作「蔓草のコクピット」ほか
「セントー的ヨクジョー絵画」
「トタンの又三郎」など8編収録。
カバー絵は、クマさん画の
状況劇場ポスターの原画「唐十郎版・風の又三郎」です。

2001-08-12-SUN

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