クマちゃんからの便り |
南洋通信 その12 濁りの無い大きな眼でモノを凝視する力は、 何かあるとオレは最初から睨んでいた。 どんな場所でもこんな男が一番頼りになるモノだ。 TAROは朝必ずヒンドゥのお参りをするバリ人で、 彼は村ではガムランの踊り手だし演奏者でもあると言う。 彼の従兄弟が運転するトラックで、 早朝MR.マディの事務所兼工場兼棲家に乗りつけた。 マディは今朝から印度に出張。 熱帯植物に覆われたまだ誰もいない工房に入り込むと、 <KING OF PLANTS>に 寄りかかって眠る犬の家族たち。 石が冷たくて気持ちイイのだろう。 しかしオレにはジカンがない。 『起きろ、犬ども』 オレは構わずノミを当てて仕上げだ。 小鳥たちも騒ぎ出し、犬は向こうに行って二度寝する。 『こんなトコにしとくか』。 「ヴァグース!」 振向くと、出勤してきたランドマーク担当と 設計担当のバリ人スタッフたちが叫んだ。 リゾートのオーナメントに、 伝統的なバリ・ヒンドゥの仏や ガルーダや植物の石彫を使うぐらいな彼等には、 石に植物のタマシイのパワーを込めるなんてコトは 考えたこともないのだろう。 普段はヒカリを削っているオレも、石を削るのは初めてだ。 すでに掌にムクミがでている。 続々とスタッフがバイクで出勤してきては、 傍の小屋にあるタイムコーダーにカードを差し込むついでに オレの石を見る。 ニコリと微笑み「ヴァグース」。 TAROの従兄弟二人とマディのスタッフ三人で <KING OF PLANTS>に棒を渡して トラックまで運んだ。 昨日、アンチック屋で買叩いた椅子もすでに載っている。 オレが荷台に乗って石を押さえて出発だ。 すぐにアスファルトの道から田園の土の道になった。 ライスフィールドである。 TAROが、オレがスケッチブックに描いた、 ライスフィールドに立つ一本の樹を見てから、 毎晩眠ったという。 一昨日に現れた夢に従って、 早朝行った事もないライスフィールドへ導かれるように バイクを飛ばした。 行って見ると、 普段は見えないラグン山も姿を現わしたライスフィールドに、 オレが描いた樹が一本立っていたんだと言う。 昨日の撮影の帰り寄って確かめたオレも、 あまりにピッタリの景色にタマゲタものだ。 三毛作の稲穂が頭を垂れて、 風の受けて流れている広大な景色だった。 アグン山はもう姿を消していた。 早朝の束の間ですぐに雲を着てしまうのである。 樹は今朝もクッキリと立っていた。 TAROが地主の許可もとっていた。 あとは地の神々に許可をもらうだけだ。 聖なる赤い帯を腰に巻いたTAROが、 近くのファミリーテンプルで清めた聖水やお供えや 神たちへのアラックを入れた竹篭を畦道をやって来た。 オレも普段首に巻いている赤いスカーフを腰に巻いて、 樹の根元に立つ。 供物を樹と、もっと低い地にも供物を供え、 花びらに着けた聖水を樹に振りかけた。 そしてTARO自身に。 オレの掌に注がれた聖水を三度飲んだ。 最後にオレのアタマに三回、振りかけ、 その花びらを左右の耳に一枚づつ挟んでくれた。 「テレマカシー」 オレは合掌した。儀式が終わって作業に取り掛かった。 TAROの従兄弟たちは運転手で、 オレの指示どおり切った竹を機敏な動作で樹に結んでいく。 たちまち樹に階段が出来ていく。 ノコを腰に挿してオレは空に昇っていく。 フタマタのところでアグン山の方向と 椅子のおさまりを考えて枝を切りおとした。 名前は忘れたが、特別な力のある小さな刺が 無数にある樹らしい。 オレの足は刺に裂かれた無数の傷から血が滲んでいた。 作業はアッという間に無事に完了した。 「バグース!!!!」 オレは叫んだ。 アジアの豊かな自然に対するランドマークは こうでなくてはならないんだ。 フォアシーズンズHOTELのベランダから 海やジャングルの断片を眺めて 「やっぱりバリね」 なぞとはしゃぐ人々には、絶対に感じることが出来ない、 オレのシンプルで贅沢なランドマークである。 次回はいよいよその景色を御見せしよう。 『蔓草のコクピット』 (つるくさのこくぴっと) 篠原勝之著 文芸春秋刊 定価 本体1619円+税 ISBN4-16-320130-0 クマさんの書き下ろし小説集です。 表題作「蔓草のコクピット」ほか 「セントー的ヨクジョー絵画」 「トタンの又三郎」など8編収録。 カバー絵は、クマさん画の 状況劇場ポスターの原画「唐十郎版・風の又三郎」です。 |
2001-08-15-WED
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