クマちゃんからの便り |
南洋通信 その13 この樹はオレを載せることが来る日を予想していただろうか。 ただ淡々と南洋のライスフィールドの畦道で 育ってきたのだろう。 ヒッピー出身のオーストラリア人のマディは、 オレのリゾートポイント計画をスケッチで見て 「面白い。しかし小さな問題だが、 バリではアタマの位置に尻が来るのはイケナイ」 と忠告した。 『お前のリゾートには二階建てがあるじゃないか。 二階のヒトのケツは一階のヒトのアタマの上ではないのか』 と思ったが、無駄な問答は無用である。 バリ人建築家に同じ質問をした。 「何の問題も無い」 と言いきるし、 敬虔なバリヒンドゥ教徒TAROに聞くと、 「そのアイデアは全然問題ない。 ただシゴト始める前に御祓いをすればイイんだ。 地面の神様や悪霊たちに挨拶するんだよ」 「オレは草原でも、砂漠でも、 もちろんニッポンでもそうしてきたんだ」 「大丈夫さ」 TAROが力強く言った。 御祓いしたとはいえ、着流しに着替え 尺八を帯に差した北半球から来た男の股座を 小さな刺で襲い抵抗した。 構わず自分のトロピカル・ポイントの椅子を目指す。 着物の裾を刺に引っ張られながら、 それでもオレは天をめがけて登った。 最後の竹のステップに足がかかり、 キンタマの袋に刺が刺さった。『何のコレキシ』。 椅子にたどり着いた。アグン山は雲の中だった。 ライスフィールドで田植えをしていた百姓も手を休め、 樹に止まったヒトを不思議そうに見ている。 五〇年ほど前ならニッポンでも目にした田植えである。 水牛が田を掻き、白鷺が羽音をたてて 近くの田圃に集まってきてタニシをついばむ。 オレの目の前をハチがラセンを描きだす。 雲間から強烈な日が差しライスフィールドを照射すると、 漂っていた水分を蒸発させ空気が対流し、 気化した風がオレの身体を頭蓋をクールダウンしていく。 三六〇度グリーンの稲が光合成している熱帯の速度は、 文明の速度なぞたちまち呑み込んでしまう勢いである。 竹で出来た風鈴がせせらぎの音をたて始めた。 ライスフィールド。 パラダイスフィールド。 そこに、マディのスタッフが二人様子を見に来た。 「ヴァグース、俺も登ってのイイか」 「もちろんだ。これはオレがバリ人のために創った ヴューチェアーだ」 彼らは交互に登ってライスフィールドを眺めていた。 「あっちがアグンだ」 「オレの家はこっちだ」 と子供のように言い合う。 TAROが登った。 「次は男の子が欲しいんだ」 「そうか、オレがアグン山に向かって、 ジャパニーズ・バンブー・ウィンドで願ってみよう」 また登った。 水の風音にあわせて、静かに尺八に息を吹き込んだ。 いつの間にか畦道に百姓達が十人ほど上がって しゃがみ込んで聴いているじゃないか。 赤いマフラーを枝に結んだ。 風にたなびいてオレに日陰を作った。 何と言う贅沢だ。 ライスフィールドの上を雲の影が足早に走る。 よく「私はBALIに嵌まった」とか言う。 そして嵌められたオンナは何度も通うと ジゴロ面の様子がイイ、ガムラン楽隊員が言っていた。 二〇数年振りに来たオレが、 またBALIを訪れることがあるのは分からない。 しかし、熱帯の磁力は強く感じた。 『蔓草のコクピット』 (つるくさのこくぴっと) 篠原勝之著 文芸春秋刊 定価 本体1619円+税 ISBN4-16-320130-0 クマさんの書き下ろし小説集です。 表題作「蔓草のコクピット」ほか 「セントー的ヨクジョー絵画」 「トタンの又三郎」など8編収録。 カバー絵は、クマさん画の 状況劇場ポスターの原画「唐十郎版・風の又三郎」です。 |
2001-08-16-THU
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