Kuma
クマちゃんからの便り

土500kgの山ごもり


雨が続いている。<増穂登り窯>にて陶板製作中だ。
五〇〇kgの粘土で
二メートル×四メートルの大陶板である。
富士山は見えないが、この雨は次々に沸き起こる
ゲージツ・ショードーに集中するに は、
土の乾燥を遅らせてくれる絶好の水分だ。
朝九時から開始して昼メシを抜きのオレは、
半日ぶっ続けである。
窯主の太田氏が手配してくれた若い男女の四人の手元も、
オレの速度に合わせてよく動いてくれてアリガタイ。
<登り窯>も真っ暗になり今日のシゴトはここまで。
さすがに、背中や腰が少し痛む。
マネージャーから、「Sさんが亡くなった」との連絡。
彼は、今年春、青山画廊で開催した
オレの陶板展をプロデュースしてくれた。
オレより数歳若かったが、
ひっそり独りで死んだ彼が発見されたのは
二日後だったという。
「寂しさに救済なぞあるものか、バカタレめ!」
何度か言ったこともあったんだが、
呑むと「寂しい…」が口癖だった。
集団でたむろっていれば<寂しい>が
癒されると思っている楽天的なところもあった なぁ。
一ヶ月ちかい漂流中に、
生きている朝を迎えスイカでも流れて来ないかと
思っているうちに、
生き抜いてしまった漁師がいたかと思うと、
住宅ローンで苦しんだ兄弟が
懐中電灯で暮らしたはてに飢死した。
つい最近まで鳴き叫んでいた蝉は何処で死んだのか、
今は間もなく終りを迎える秋の虫が全盛である。
五〇〇kgの土をゲージツした日、
いつか終わるこの世のジカンをS氏は迎えたんだなぁ、
合掌。
帯同している尺八で<嘘鈴>を吹いてやった。
オレの山ごもりはまだまだ続く。



『蔓草のコクピット』
(つるくさのこくぴっと)
篠原勝之著
文芸春秋刊
定価 本体1619円+税
ISBN4-16-320130-0
クマさんの書き下ろし小説集です。
表題作「蔓草のコクピット」ほか
「セントー的ヨクジョー絵画」
「トタンの又三郎」など8編収録。
カバー絵は、クマさん画の
状況劇場ポスターの原画「唐十郎版・風の又三郎」です。

2001-09-03-MON

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